『文学2001』 多和田葉子ほか / 講談社

21人の作家を比べ読み。

日本文藝家協会が編んだ21の短編集。この手のアンソロジーは、ふだん手に取らないような作家の作品が、ついでに読めてしまうのが楽しい。

石原慎太郎、佐伯一麦、高井有一、多和田葉子、津島佑子、三浦哲郎、吉村昭、田久保英夫、大道珠貴、ピスケン、赤坂真理、古山高麗雄、佐藤洋二郎、堀江敏幸、森内敏雄、川上弘美、林京子、夫馬基彦、司修、岩橋邦江、日野啓三というラインナップ。2000年の文芸誌に掲載された「名人芸」が一作ずつ披露される。

家族の話が多いが、ワンパターンというわけでもない。幽霊、舅、死んだ妻、死んだ子供、死んだ父、戦死した夫、苦悩する母、死んだ友人、原爆、ウーマンリブ、病気の恋人、冷たい母・・・大雑把にいえば、こんなテーマやアイテムが並び、いずれの作品においても、人生における静かな葛藤や憂鬱や喜びが独自の視点からあざやかに切り取られている。 短編小説のネタというのは永遠に尽きないのだろうと信じられるほどに。

ただ、年配の作家によって語られる家族の話の多くは、見知らぬ親戚が集まる盆暮れのような独特の匂いに満ちており、まとめて読むと、すこし保守的な気分になってくる。
(純文学を読んで保守的になる? そんな馬鹿な!)

ベスト3を選んでみた。 小説としての面白さや完成度の高さとはほとんど関係なく、強いて言うなら「すごく気になる部分があったベスト3」。 私は結局のところ、小説に驚きや意外性のみを求めているのだ。

<3位> 日野啓三「『ふたつの千年紀(ミレニアム)の狭間(はざま)で』落葉」
病人の話なのに明るく、しかもそれが、ごく普通のテンションであることが面白い。老境の身軽さとでもいうべきものなのか? クモ膜下出血で病院に行く夫を「笑って」見送る妻。そして、この小説のキモとなる医師。病気の憂鬱さや現代医療が抱える問題点とはまったく無縁の会話が、奇妙に素敵。
タイトルの仰々しさと、ミレニアムを考察した導入&結末は不要だと思う。たった3ページの作品だが、それでも説明的で長すぎる。

<2位> 田久保英夫「白蝋」
「隼人はまた、洗剤入りのコーヒーを飲まされた」という書き出し。女は、男を帰したくないがために、このような行為をしでかす。 こんな女の話は読みたくないし、男もバカなんじゃないの?とうんざりしたが、後半、私は、この女の魅力を生理的に理解できてしまうのである。彼がなぜ、彼女に惹かれているのかということを。
全体のトーンはやや紋切り型であるにもかかわらず、実験的な香りのする作品。

<1位> 多和田葉子「ころびねこ」
軽やかで芯のない会話から浮かびあがるホモセクシャルのナイーブさ。 言葉からの発想はこの作家の真骨頂だが、ジェンダーの曖昧さを浮き彫りにした、小説ならではのテクニックは素晴らしい。数人の会話によって成り立っている小説だが、各々の性別が不明であることに読み終わってから気付く。「僕」「あたし」「おまえ」などの文字面は、何の手がかりにもならないのである。
多和田葉子の小説は、私たちを、保守的な気分とは対極の場所に連れ出してくれる。

100%のホモセクシャルや100%のヘテロセクシャルというのは、どこか嘘っぽい。現実には、多くの人々が、性別の不確定さに揺らいでいるのではないだろうか。規範から自由になればなるほど、家族以前のあやふやな人間関係が、面白くなってくる。
2001-08-07