『まもりやすい集合住宅』 湯川利和 / 学芸出版社

高層建築は崩壊する!?


9月11日に崩壊したNYのワールドトレードセンター。
その設計者であるミノル・ヤマサキは、1986年に癌で亡くなっている。

「崩壊を本人が見ずに済んだのが救いだ」という意見もあるようだが、本当にそうだろうか。それって、プロの建築家をなめた発言では? 彼は、もっとも重要な仕事をする機会を逃したのではなかったろうか。私は、彼が元気でいればよかったのにと思う。本人にしか言えない貴重な言葉を残すことこそが、彼の仕事の集大成となったかもしれない。

ミノル・ヤマサキは、1912年シアトル生まれの日系二世。貧困生活を経てワシントン大学を卒業し、3回の結婚生活後に最初の妻テルコ・ヒラシキと再婚。1970年代にワールドトレードセンターを完成させた。滋賀の神滋秀明会ホール、神戸の在日アメリカ領事館、都ホテル東京、セントルイス空港ターミナル、プリンストン大学、サウジアラビアの貨幣局や国際空港などの作品で知られる。

彼はまた「世界的に悪名高い公営高層団地」であるセントルイス市のプルーイットアイゴー団地(1955)の設計者でもある。本書には、1974年、この団地がダイナマイトで爆破撤去された事件の顛末が書かれている。

戦後、ル・コルビュジェとともに近代建築運動を起こした建築家たちは、ナチスから逃れて米国に移住し、高層住宅の時代を築いた。1950~60年代は、「民間建築よりは公的建築のほうが近代建築運動の新奇な考え方を、押し付けやすかった」時期だそう。施主が即ユーザーになる民間建築では新しい実験はやりにくいため、施主が役所である(しかも欧米ではスタッフは中産階級に属し、間違ってもそこに住まない)公営住宅がターゲットになったのである。

ル・コルビュジェの夢を実現させたとして高く評価されたプルーイットアイゴー団地の場合、実験がすべて裏目に出た。共同スペースは侵入自由な場所になり、犯罪を誘発し、空家率の増加を招いた。新奇なデザインは低所得者のシンボルとなり、住人が建物にプライドをもてなくなった。退去者が増えれば増えるほど、居住者集団による犯罪抑止力は弱まっていった・・・

「最後の段階になると、犯罪者が白昼堂々と屋内の廊下を歩き廻り、なお残って住んでいる世帯があれば、内開きのドアを蹴破って侵入し、いくばくかの金品を奪うなど乱暴狼籍に及んだ」という。著者が入手したこの団地の爆破撤去フィルムは1979年にNHKで放映され、本書に掲載されている小さなカットだけでも衝撃的。それがテロ攻撃ではなく住宅公社の仕事だとわかっていても。

この事件をきっかけに、NYの市営住宅15万戸について空間特性と犯罪発生との関係を調査したオスカー・ニューマンは、高層になればなるほど犯罪被害率が高いことを突き止めた。彼の著書の翻訳も手掛けている著者は、本書の中で、住宅事情が米国社会の差別構造や犯罪を増幅させた経緯をあぶり出し、日本でも深刻な事態に陥る前に根本的な対策を講じるべきとの考えから、欧米における防犯設計の多様な事例を分析。巻末には「高層住宅のチェックポイント30」まで付いている。

ビルにしろ住宅にしろ、高層建築はここまで危険なのだろうか。

安藤忠雄はこんなふうに言っていた。
「世界貿易センタービルは同じ規格のスペースが積み上げられた構造で、経済合理主義の権化のようなビルだ。(中略)いま、建築の世界でもこの米国流が世界を制覇している。世界には異なる文化、宗教、風土があるのだから、多様な建築があっていい。多様な価値を互いに認め、受け入れるべきだと思う」(10/2 朝日新聞)
2001-1030