『トランスクリティーク』 柄谷行人 / 批評空間

1961年のボルドーワイン。

淡いベージュと白のグラニット調のカバーに「Transcritique」という赤いロゴ。ボルドー1級のラベルを思わせるお洒落な装丁の「トランスクリティーク」は、まさに心地よい厚さと重みをもつフルボディワインだ。柄谷行人は、この本を執筆することによって40年前から取り組んできた問題に決着をつけることができたという。40年前といえば1961年。ボルドーにおいては1945年、1990年と並ぶグレートヴィンテージじゃないか。

・・・1961年に収穫されたブドウでつくられ、40年に及ぶゆるやかな熟成を経てこの秋蔵出しされた「トランスクリティーク」は、1本3200円。カーブ・タイユバンで1本39万円で売られている1961年の「シャトー・ムートン・ロートシルト」と比べるまでもなく、1999年の「クローズ・エルミタージュ」と同じ価格で購入できてしまう「トランスクリティーク」は、まさしくお買い得ワインといえるだろう。

私は、10月3日に紀伊國屋新宿本店で開かれた「『トランスクリティーク』をめぐって」という試飲会に参加した。ソムリエの黒崎政男、西部忠、そしてネゴシエイターの浅田彰が、偉大な醸造家である柄谷行人と彼のワインを囲み、和やかなひとときを過ごした。

「トランスクリティーク」の主要ブドウ品種はカベルネ(別名カント)とメルロー(別名マルクス)であり、両品種のよさを最大限に引き出しているのが特長だ。カベルネ種の醸造哲学にくわしい黒崎氏とメルロー種の熟成経済学を専門とする西部氏がシビアなテイスティング・コメントを述ベ、柄谷氏とともに国産ワイン「批評空間」を季節ごとに世に送り出している浅田氏が、専門用語を一般の顧客にわかりやすい言葉に翻訳し、時間内にセンスよくまとめていく・・・

ものを考えることの根底には、実践がなければ意味がないと断言する柄谷氏は、2000年よりNAM(New Associationist Movement)という倫理的―経済的な社会運動を主催している。

資本と国家に対抗する運動は、それらを超える原理をみずから実現しているべきとの考えに基くNAMは、ツリー型組織ではなく、個人のジェンダーやセクシュアリティ、エスニック、階級、地域、さまざまな関心の次元が入り組みあったセミラティス(小格子)型システム。「中心があると同時に中心がないような組織」を実現するために、くじ引きを導入した代表選出をおこない、資本に転化しない無利子の貨幣「LETS」(地域交換取引制度)を提唱している。

浅田氏は、本書の刊行を21世紀の歴史的事件であるとしめくくった。しかし、その事件がアクチュアルな展開の可能性を見せるのは、これからなのだ。 「トランスクリティーク」は英語圏での出版も予定されているという。飲み頃を迎えるのは、まだ数年先かもしれない。
2001-10-09