『エリック・クラプトン 12小節の人生』 リリー・フィニー・ザナック (監督)
『ボヘミアン・ラプソディ』 ブライアン・シンガー (監督)

エリック・クラプトンの母と、フレディ・マーキュリーの母。





『エリック・クラプトン 12小節の人生』で描かれたエリック・クラプトン(1945-)の人生は、波乱に満ちたものだ。本人と関係者のナレーションにより、その細部が生々しく暴かれるドキュメンタリー(記録)映画である。見どころのひとつは、ジョージー・ハリスンから妻のパティ・ボイドを奪った有名な事件だが、その経緯はぐちゃぐちゃで、かっこよくもなく、美しくもない。パティを奪えなかった年月は長く、最終的に奪ってからも愛をまっとうできたわけではない空しさ。この事実が残したギフトは、彼が思いを注ぎ込んだ『いとしのレイラ』という曲だけのように思える。

不幸の原点は、母親に拒絶されたことだという。私生児であった彼は祖母に育てられ、実の母は、実の父とは別の男と結婚して家庭をつくり、彼の存在を否定するのである。このトラウマにより、彼は他人の幸せをうらやみ、他人のものを奪おうとするわけだが、母に受け入れられなかった原体験により、なかなか女性を幸せにすることができないというストーリー。救いは、そんな彼の生き方が、彼を拒絶した母(あるいは顔も知らない父)の生き方に似ているであろうことなのかもしれない。

エリック・クラプトンは、ちゃらんぽらんな人のようにも見えるが、ギターとブルースに関しては明らかに真摯である。一途な情熱は楽曲に詰め込まれており、彼自身が自分の曲に救われ、いまだに生き長らえているという奇跡。つまり現実よりも曲が美しい。本物のアーティストではないだろうか。

『ボヘミアン・ラプソディ』で描かれたフレディ・マーキュリー(1946-1991)の人生も、波乱に満ちたものだ。俳優がすべてを演じるバイオグラフィー(伝記)映画であり、その再現力は半端ない。細部を忠実に再現すればするほど、フレディ・マーキュリーの「再現不能なオーラ」の不在が際立ってしまうのが残念だが、音はオリジナルだから感動は薄れないという仕組みなのだ。

フレディ・マーキュリーの両親はインド系の移民。彼はロックスターになるためにインド名の「ファルーク・バルサラ」を捨て「フレディ・マーキュリー」を名乗る。バンド名も「スマイル」から英国を象徴する「クイーン」へ。そんな彼を見守る母を演じたインドの女優の存在感が光っていた。1985713日、伝説のライヴエイドで『ボヘミアン・ラプソディ』を歌うクライマックスで、彼の家族はテレビでその姿を見ているのだが、「ママー、たった今、人を殺してしまった」という歌詞の部分で映し出される何ともいえない母の表情が、この映画のいちばんの見どころというか、笑いどころかもしれない。

フレディ・マーキュリーは、エイズが原因で45歳で亡くなったが、彼の母は2016年、94歳まで生きた。温かく献身的で、息子の死後もクイーンのメンバーらと交流があったという。エリック・クラプトンも、実の母がこういう人なら、もっと早く幸せになれただろうか?いずれにしても、かつて幼い彼を拒絶した母だって、同じ日のライヴエイドで『いとしのレイラ』をかっこよく歌い、ギターを弾く息子の姿をテレビで見て、フレディ・マーキュリーの母と同じような表情をしていたに違いないと思うのだ。


2018-11-28

「Paintings」 ロバート・ボシシオ (@104 GALERIE)

見ることは、信じること。





ロバート・ボシシオ(Robert Bosisio)は、北イタリアのトローデナ出身で、イタリア、ルーマニア、ドイツを拠点に制作活動を続けている画家。新作の人物画を中心とした日本初の個展が、104GALERIE104GALERIE-Rで開かれた。作品も、展示されているギャラリーの空間も、めちゃくちゃかっこいい。

淡い記憶を呼びさます、水のようなスフマート。素材をていねいに重ねたのであろうこれらの作品は、シンプルな写真のようでもある。近いようで遠く、はかないのに強い。ここではなく、どこか別のところにあるんじゃないか?と思わせる、つかみどころのない、かけがえのない存在。どこから見ても、そのまま美しい。

ロバート・ボシシオは、映画監督のヴィム・ヴェンダースの妻であり写真家のドナータ・ヴェンダースと一緒に何度か展覧会をやっているようで、ヴィム・ヴェンダースも図録などに、彼の作品についての文章を寄せている。

「多くの絵は、その美しさを理解するために後ろに下がり、目を細めて見ることを要求する。そうして初めて、絵は真実をあらわすのだ。しかしRobert Bosisioの絵を見るとき、後ろに下がる必要はない。Robertは私たちのために、それをやってくれた。彼は、私たちが半分目をとじて見る世界を描いた」

Some paintings oblige you, the viewer, to step back and to squeeze your eyes,so that you can see their beauty shine. Only in this way do they reveal their truth. Facing the paintings of Robert Bosisio we don’t have to step back. Robert has done that for us. He has painted what we see through half-closed lids.
SEEING IS BELEVIENG,2010 by Wim Wenders



2018.03.23 (Fri) - 2018.05.20 (Sun)


2017年文庫本ベスト10

●まっぷたつの子爵(カルヴィーノ/河島英昭訳)岩波文庫

●その犬の歩むところ(ボストン・テラン/田口俊樹訳)文春文庫

●ねじの回転(ヘンリー・ジェイムズ/小川高義訳)新潮文庫

●船出(ヴァージニア・ウルフ/川西進訳)岩波文庫

●空白の絆 暴走弁護士(麻野涼)文芸社文庫

●ゴールデン・ブラッド(内藤了)幻冬舎文庫

JIMMY(明石家さんま)文春文庫

●子供の死を祈る親たち(押川剛)新潮文庫

●あるがままに自閉症です(東田直樹)角川文庫

●働き方の教科書(出口治明)新潮文庫



2017-12-30

2017年単行本ベスト10

●最愛の子ども(松浦理英子)文藝春秋

●ふたご(藤崎彩織)文藝春秋

●ドレス(藤野可織)河出書房新社

●ハッチとマーロウ(青山七恵)小学館

●世界のすべてのさよなら(白岩玄)幻冬舎

●わたしたちは銀のフォークと薬を手にして(島本理生)幻冬舎

●Very LiLyLiLy)幻冬舎

●影裏(沼田真佑)文藝春秋

●末ながく、お幸せに(あさのあつこ)小学館

●成功者K羽田圭介)河出書房新社



2017-12-30

2017年邦画ベスト10

●天国はまだ遠い(濱口竜介)

●夜空はいつも最高密度の青色だ(石井裕也)

●リングサイド・ストーリー(武正晴)

●南瓜とマヨネーズ(冨永昌敬)

●君の膵臓をたべたい(月川翔)

●あヽ、荒野(岸善幸)

●ちょっと今から仕事やめてくる(成島出)

●バンコクナイツ(冨田克也)

22年目の告白(入江悠)

3月のライオン(大友啓史)



2017-12-30

2017年洋画ベスト10

●もうひとりの男(パオロ・ソレンティーノ)*日本初上映

●希望のかなた(アキ・カウリスマキ)

●笑う故郷(マリアノ・コーン/ガストン・ドゥプラット)

●台北ストーリー(エドワード・ヤン)*日本初公開

●わたしは、幸福<フェリシテ>(アラン・ゴミス)

●立ち去った女(ラヴ・ディアス)

●パターソン(ジム・ジャームッシュ)

●たかが世界の終わり(グザヴィエ・ドラン)

●マンチェスター・バイ・ザ・シー(ケネス・ロナーガン)

●ノクターナル・アニマルズ(トム・フォード)



2017-12-30