『冬時間のパリ』 オリヴィエ・アサイヤス(監督)

過渡期の雑談って、こんなにおいしい。





おいしいものを食べて、飲んで、しゃべる。年末の飲食店は、尋常ではない活気にあふれている。ところでみんな、何をしゃべっているのだろう?

パリを舞台にした、食事とワインと恋愛と雑談のマリアージュ映画を見た。はじめのシーンは出版社で、2人の男(老舗出版社の幹部でもある編集者とヴァンサン・マケーニュ演じるアラフォーの小説家)が話をしている。その後、場所を変え、ランチを食べながら会話を続ける2人。

ロケ地はマルグリット・デュラスが通っていたというパリ6区のビストロで、編集者はリブロースとサラダ、小説家はテリーヌとヒラメのアイオリソースを注文する。だが結局のところ、小説家の新作は、編集者の意向でボツになったのだと、あとになってわかる。理由は、古くさくて悪趣味だから(笑)。彼が得意とする私小説は、自身の恋愛をネタにするため、炎上しやすくもある。

もちろん彼の私小説のファンも多いようで、ジュリエット・ヴィノシュ演じる編集者の妻などは、ぐっとくるような文学的理由で擁護する(実はこの2人、秘密の関係を結んでいるのだが)。また、編集者は編集者で、社内のデジタル担当の若い女性と不倫している。

恋愛映画というよりは、出版界の危機をベースにした「過渡期のお仕事映画」であるところがオリヴィエ・アサイヤスの特筆すべきユニークさといえるだろう。編集者と私小説作家をはじめ、それぞれマンネリな女優だったり問題を起こす政治家の秘書だったりブログが人気の流行作家だったりする彼らは、パートナーや友人や仕事相手や不倫相手と、パリの自宅やカフェ、マヨルカ島の別荘で集う。ワインや食事を楽しみながら、とりとめのない議論を繰り広げるのである。

とりわけ面白いのが、クレバーかつセクシーなデジタル担当者。危機に瀕した出版社を改革すべく引き抜かれた彼女が語るドライなビジョンは、希望に満ちたいかがわしさというべきものか。彼女と編集者は、ベッドを共にしながらも、仕事の話ばかりしている。

反面、私小説作家の日常は、かなりウエットだ。本屋でのトークイベントは、少人数でアットホームな雰囲気なのに、読者からの質問は痛烈。ラジオの生放送に至っては沈黙してしまい「では、(小説の問題の場面で上映されている)ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』のあらすじを紹介してください」なんて言われてしまう。

キーワードは、ヴィスコンティの『山猫』(1963)に登場する「変化しないための変化」というニュアンスの言葉。現状維持を望むなら変化が必要であり、そのまま何もしなければ退化するだけということ。この真理だけは、いつの時代も変わらないのかもしれない。

何をやめ、何を始め、何を再接続するか。それはもはや戦略などではなく、生きる喜びそのものだと思う。

2019-12-31

2019年文庫本ベスト10

●塩を食う女たち(藤本和子)岩波現代文庫
 
●活きる(余華/飯塚容)中公文庫
 
●青が破れる(町屋良平)河出文庫
 
●破天荒フェニックス(田中修治)幻冬舎文庫
 
●蠕動で渉れ、汚泥の川を(西村賢太)角川文庫
 
●トヨトミの野望(梶山三郎)小学館文庫
 
●脱出老人(水谷竹秀)小学館文庫
 
●どこへ転がっていくの、林檎ちゃん(レオ・ペルッツ/垂野創一郎)ちくま文庫
 
●メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭)創元推理文庫
 
●罪の声(塩田武士)講談社文庫 
 
 
 
2019-12-30

2019年単行本ベスト10

●キュー(上田岳弘)新潮社

●アタラクシア(金原ひとみ)集英社

●彼女たちの場合は(江國香織)集英社

●むらさきのスカートの女(今村夏子)朝日新聞出版

●私の家(青山七恵)集英社

●如何様(高山羽根子)朝日新聞出版

●ヴィオラ母さん(ヤマザキマリ)文藝春秋

●日本の戦後を知るための12人 (池上彰)文藝春秋

●僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー(ブレイディみかこ)新潮社

●執念深い貧乏性(栗原康)文藝春秋
 
 
 
2019-12-30

2019年邦画ベスト10

●僕はイエス様が嫌い(奥山大史)

●愛がなんだ(今泉力哉)

●宮本から君へ(真利子哲也)

●メランコリック(田中征爾)

●真実(是枝裕和)

●旅のおわり世界のはじまり(黒沢清)

●岬の兄妹(片山慎三)

●ひとよ(白石和彌)

●ブルーアワーにぶっ飛ばす(箱田優子)

●青の帰り道(藤井道人)



2019-12-30

2019年洋画ベスト10

●バーニング 劇場版(イ・チャンドン)

●幸福なラザロ(アリーチェ・ロルヴァケル)

●存在のない子供たち(ナディーン・ラバキー)

●ナポリの隣人(ジャンニ・アメリオ)

7月の物語(ギヨーム・ブラック)

WEEKEND(アンドリュー・ヘイ)

●荒野にて(アンドリュー・ヘイ)

●希望の灯り(トーマス・ステューバー)

●パリの恋人たち(ルイ・ガレル)

●帰れない二人(ジャ・ジャンクー)



2019-12-30

『天気の子』 新海誠 (監督)

私たちは、くるった世界の中で、愛を信じ続けることができるのか?





91日 母からのバトン』(樹木希林・内田也哉子/ポプラ社)を読み、18歳以下の自殺者数が、91日に突出して多いことを知った。これは、2015年に内閣府が発表した過去40年間の累計データによるものだ。

昨年の91日は土曜で、今年は日曜だった。そんなことは何の解決にもならない? いや、夏休みが1日でものびることで得られる精神的余裕、そして91日という「プレッシャーな初日」を回避できる解放感は小さくないはず、と自らの経験を鑑みて思う。実際、91日の昨夜、映画割引デーということもあり、何人かの子供たちが六本木の映画館で楽しそうに過ごしているのを見た。来年からは祝日になればいいのにと『天気の子』の晴れ女のように祈るばかりだ。

『天気の子』は、累計観客動員数800万人を超え、興行収入は107億円を突破。日本映画の100億円突破は、同じく新海監督の『君の名は。』以来3年ぶりという。

しかもこの映画は『君の名は。』よりも圧倒的にわかりやすい。時間や場所を激しく行き来することもないし、性別の入れ替わりもないからだ。16歳の家出少年が出会う東京の風景を、リアルかつ全方位的に描くことに成功しているし、そこには、きれいごとではない猥雑な東京、キケンな東京、古くさい東京も含まれている。殺伐とした都市と、ドラマチックな大気現象の鮮やかなコントラストが、音楽とともにダイレクトに感情をゆさぶるのだ。

今後、140の国と地域で公開されるらしい。天気をコントロールするのは、かくも難しいのだから、来年オリンピックを見にくる人が、東京の猛暑や大雨や数々のハプニングを、少しでもロマンチックに感じてくれればいいなと、またもや祈る。

2019-9-2

『メランコリック』 田中征爾 (監督)

バリアフリーの果ての幸せ?





東大を出たのに実家でニート生活を送るコミュ障気味の和彦は、ある夜たまたま行った銭湯で高校の同窓女子に遭遇し、彼女のすすめもあって「銭湯でバイト」をはじめる。恋の予感とともに始まったバイト生活は順調に思われたが、銭湯のダークな一面(夜は死体処理場として使われている!)を知ってしまった和彦は……

設定としては、殺し屋専用のレストランを舞台にした蜷川美花の『ダイナー』のようでもあり、展開としては、強盗たちの心理戦を描いたタランティーノの『レザボア・ドッグス』のようでもある。インディーズ系の底知れぬパワーという意味では、冨田克也の『サウダーヂ』や上田慎一郎の『カメラを止めるな!』のようでもある。

だけど、この映画はとびきり新鮮で。
描いているのは、バリアフリーな現代だ。
親と子、先輩と後輩、日本人と外国人、飲める人と飲めない人、学歴がある人とない人、働いている人と無職の人、社会的な人と反社会的な人

何気なく幸せな家族、何気なく幸せな恋愛、何気なく幸せなバイト。
そんな完全なる予定調和な日常の延長に、殺人がある。
これは、私たちの日常そのものではないか。
殺人から目をそむけさえすれば、何気ない幸せで人生を満たすことができるのだ。

俳優たちの演技の巧みさとユーモア、そして、きっちりと伏線が回収されるストーリー。
至福の釘付け体験の、あげくの果てのラストシーンとナレーションに、ふと我に返る。
これ、マジなの? ギャグなの?

和彦とともにバイトを始める松本のキャラが最高すぎる。
彼が次々と見せる意外な一面に、惚れない女子はいないだろう。

2019-8-7