2017 年7月13日木曜日。融解が進むスイス・アルプスの氷河の中から、75年前に行方不明になった夫婦の遺体が見つかった。靴職人のマルスラン・デュムランさん(当時40歳)と、教員の妻フランシーヌさん(当時37歳)だ。夫婦は第二次世界大戦中の1942年8月15日の朝、シャンドラン村の家を出た。アルプス山脈に放牧されていた牛たちの乳しぼりのためで、夕方戻るはずだったが、そのまま行方がわからなくなった。氷河の割れ目に転落し、遭難したとみられる。2人が今生きていれば115歳と112歳ということになる。
夫婦が75年間、寄り添うように横たわっていたのは、スイスのレ・ディアブルレに近い標高2615メートルの山腹の氷河。現在はスキー場やホテルが建ち並ぶ場所で、発見したのはスキーのリフト会社の社員だった。遺体とともに、靴、バッグパック、身分証、本、写真、時計、空のボトルなどが、損なわれずにあった。私は現場の写真を見て、靴がとてもちゃんとしているなと思った。
夫婦には5人の男の子と2人の女の子がいたが、現在生きているのは長女(86歳)と末娘(79歳)のみ。当時4歳だった末娘のマルセリーヌさんは、今も遠くない場所に住んでおり「両親をずっと探し続けていた。いつかちゃんとお葬式をしてあげたいと思っていた。75年待ち続け、ようやく心の平安を得ることができた」と語った。氷河にも3回登ったという。「母は妊娠していることが多く、険しい土地でもあったため、父に同行するのは珍しかった」
11歳だった長女のモニークさんによると、両親が出かけた日の朝は天気がよく、父親は歌を口ずさんでいた。だが2人は帰らず、彼女はその日から、すべての家事をやらなければならなくなった。捜索は2か月半に及んだが手掛かりはなく、7人の子供はそれぞれ別々の家に引き取られ、年月と共に連絡が途絶えてしまったという。両親を突然失った子供達の人生は、楽ではなかったようだ。
2017年7月22日土曜日。スイスの教会で行われた葬儀の様子も報道されていたが、たくさんの人々が参列し、マルセリーヌさんとモニークさんのほか、親族やひ孫2人の姿もあった。マルセリーヌさんは黒い喪服ではなく、白の装い。その理由を彼女は「白のほうがふさわしい。私が一度もなくさなかった希望を表しているから」と話した。
2015年8月6日には、スイス・アルプスのマッターホルンで、1970年8月18日に遭難した日本人登山家2人が、45年ぶりに見つかっている。標高2800メートル地点の氷河だった。地球温暖化に伴う氷河の融解により、このようなケースが増えているそうだ。自然の驚異と年月の重みには言葉を失ってしまうけれど、遺された人にとっては、見つかって本当によかった、の一言だろうと思う。