『ブラウン・バニー』 ヴィンセント・ギャロ(監督) /


女性ファンを捨てたギャロ。

「バッファロー’66」のギャロは可愛いけど、「ブラウン・バニー」のギャロは可愛くない。

彼は、もはや自分しか見ていない。プロデュース、監督、脚本、主演、ヘアメイク、衣装、美術、撮影監督、カメラ・オペレーション、編集のすべてをこなし、男のエゴと孤独をナルシスティックに突き詰めることで、中途半端なファンを切り捨てた。「バッファロー’66」は上質なエンタテインメントだが「ブラウン・バニー」はミニマムなロードムービー。彼は、女にもてるだけのかっこよさから、本物のかっこよさへと突き抜けた。

男の旅や仕事の空しさを、ここまで赤裸々に見せた映画があるだろうか。こんなもの、できれば見たくない。が、カメラを手に放浪する男たちのほとんどが、カッコつけすぎていてカッコ悪すぎる、という現実をふまえると、ギャロはよっぽどマシである。男が旅に出るんだったら、このくらいまでやらなくちゃ。あるいはカメラなんて持たずに出かけるか。

ギャロ演じる男は、ニューハンプシャーでのバイクレースを終え、次のレースのため、HONDAを黒いバンに積みカリフォルニアへと向かうのだが、この男がレーサーでよかったなと、つくづく思う。単なる放浪男だったら、許せません。かろうじてOKなのは、レースという男の仕事の途中だから。かつてバイクレーサーだったギャロは、実際にレースに参加して冒頭のシーンを撮影したという。細部の「本気」が、映画を「ギリギリのかっこよさ」へと導いているのだ。

男は旅の間、ずっとメソメソしている。「バッファロー’66」では、女にクルマのフロントガラスを拭かせる神経質っぽいシーンがあったけど、この映画のフロントガラスは、ずっと汚れたまま。拭いてくれる女は、いないのだ。

リリー、ローズ、ヴァイオレット・・・花の名前をもつ通りすがりの女たちを、男は、雑草を摘むようにナンパする。だが、彼には本命のデイジー(クロエ・セヴィニー)という花がいて、彼女のことしか頭にない。好きな女も支配できず、雑草も道連れにできない彼は、永遠に成熟できない「茶色いうさぎ」。根っこのある花たちに、走り続ける小動物の気持ちがわかるはずもなく、男はほんの少し蜜を吸い、自己嫌悪に陥るだけだ。

彼の屈折した感情は、デイジーとの再会シーンですべて説明されるのだが、私には、ギャロという監督が、クロエ・セヴィニーという女優に向かって「どうしてお前はハーモニー・コリンの映画に出たんだよ?オレの映画だけに出ろ!」と詰め寄っているようにしか見えなかった。

ギャロは、ハーモニー・コリンの「ガンモ」(1997)を本気で嫌っているらしいけれど、ハーモニー・コリン脚本、ラリー・クラーク監督の「KIDS」(1995)と「KEN PARK」(2002)は嫌いではないはず。だが、若者を偏愛し、彼らと楽しく映画を撮っているように見えるラリー・クラークやパゾリーニとは違い、ギャロは何者も愛せない。これはもう、ロバート・クレーマーに共通する個人的なドキュメンタリー映画といっていいんじゃないだろうか。ギャロは、彼の映画「Doc’s Kingdom」(1987)に出演しているらしいし...すべては、つながっているのだ。

渋谷シネマライズでは「年忘れハード・コアNIGHT」と称して「ブラウン・バニー」「ラストタンゴ・イン・パリ無修正完全版」「愛のコリーダ2000」をオールナイト上映していたけど、そうじゃなくて!
お願いだから、イエジー・スコリモフスキの「出発」(1967)とモンテ・ヘルマンの「断絶」(1971)とロバート・クレイマーの「ルート1」(1989)と一緒に上映して!


*2003年アメリカ
*上映中
2003-12-31

『ヴァイブレータ』 廣木隆一(監督) /


赤坂真理と中上健次と寺島しのぶと市川染五郎と大森南朋。

30歳になった途端にふられ、相手が別の女と結婚してしまう。これ、かなりキツそうな事件だ。寺島しのぶの場合、その相手は市川染五郎だった。らしい。

だが、失恋をバネにして…という古風な言い回しが似合うのも、梨園に生まれ育ち、前向きなパワーを持つ彼女ならでは。初エッセイ「体内時計」を読み、初主演映画「赤目四十八瀧心中未遂」と2作目の「ヴァイブレータ」を見てそう思った。尾上菊五郎と富司純子の娘として市川染五郎と結婚してしまったら、これらの仕事は、ありえなかっただろう。

車谷長吉原作の「赤目四十八瀧心中未遂」(荒戸源次郎監督)は、舞台女優である寺島しのぶの本領発揮といった感じ。5年前に原作を読んだ彼女は「映画化されたら綾ちゃんの役をやりたい」と著者に手紙を書いたほどの思い入れに加え、「娘がこんな作品に出たら自殺します!」と反対した母親に対し「やらせてくれなかったら自殺する!」とまで言ったそう。

一方「ヴァイブレータ」の寺島しのぶは、完全な「受身の色気」。広尾のcoredoで飲んでいたところ、脚本の荒井晴彦に「スカウト」されたのだという。失恋の傷跡が癒えぬうちに、そういう見初められ方をしたのだとしたら、赤坂真理原作のこのロードムービーが「いいもの」にならないはずがない。構築された演劇空間から偶然性を映し出すロードムービーへと舞い降りた彼女は、東京のコンビニに降る雪、4トントラックのアイドリング、車高の高い運転席の浮遊感、旅情をかきたてる新潟の風景等をバックに、素顔やきれいな顔やうれしそうな顔やこわれそうな顔を、ごく自然に披露してしまった。

笑ったり泣いたり取り乱したり質問ぜめにしたり…こんな面倒な女を受け止める男(大森南朋)って、すごい。もちろんそれは愛などではなく、桃を優しくむき、やわらかいものは大切に扱うといった天性のフィジカルな優しさだ。そんな男のことを、いちいち微妙に傷ついたり吐いたりしながらも、女はちゃんと見極めている。彼は名前を呼んでくれたか?自分を尊重してくれているか?別れた後も気にかけてくれるのか?
触ってほしい女もいれば、触ってほしくない女もいる。触ってほしい女にも、触ってほしくない時がある。そういうことを本能的にわかっているのが、フィジカルないい男だ。

脚本の荒井晴彦は、「赫い髪の女」(1979)というにっかつ映画の脚本を書いた人。原作は中上健次の「赫髪」で、拾ってきた女を食べる、というような「ヴァイブレータ」とよく似た小説だ。
ただし、フィジカルな優しさを積み重ねても愛にはならないし、ゆきずりのセックスに未来はないわけだから、フィジカルに優しい女はいい!ということだけを描いた「赫髪」は理解できても、「自分が、いいものになった気がした」という「ヴァイブレータ」には共感できなかった。ゆきずりのセックスで、どうして「いいもの」になれるわけ?

映画版「ヴァイブレータ」は、原作にない食堂での会話シーンが加わったおかげで、すんなりと理解できた。このシーンは、もはや愛だ。会話の内容が嘘だったとしても、愛に基づいた配慮に貫かれている。
原作のひりひりするような痛みは薄らいでしまったけれど、女の痛みを軽減させた分、大森南朋という俳優は「いい男」に格上げされたと思う。「ヴァイブレータ」は、ゆきずりのセックスどころか、恋愛のいちばんいい部分を凝縮した作品になってしまったのだ。なのに2人は、どうして別れてしまうの?私だったら別れない。
市川染五郎ファンなのに、大森南朋に傾いてしまいそうです。

*2003年/上映中
2003-12-24

『ゲアトルーズ』 カール・ドライヤー(監督) /


ピュアな映画は、腐らない。

「私の唯一の願望は、平板で退屈な現実の向こうに、もう一つの想像力による世界があることを提示することだ」~カール・ドライヤー

彼は、現実から余分なオリを取り除き、純度の高い原液のような映画を撮った。過激な絵づくりが際立つ無声映画「裁かるるジャンヌ」(1927)も、小津やパゾリーニを思わせる宗教家族ドラマ「奇跡」(1954)も、こんなマジに真実を突きつめちゃっていいの?と不安になるくらいの直球だ。

だが、いちばん凄いのは遺作の「ゲアトルーズ」(1964)である。他の2作と違い、ゲアトルーズという女は、火あぶりにされたり出産で死んだり奇跡的に蘇ったりしない。悲劇のヒロインではなく、幸せな現代を生き抜かねばならない「生身の痛い女」なのだ。

ゲアトルーズの愛に応えられる男は、一人もいない。夫も前夫も愛人も男友達も、彼女が要求する愛の水準に届かない。女が本気で愛を求めるとどうなっちゃうのかを、徹底的な描写で追求したコワイ映画である。

ゲアトルーズの愛人は、まだ若い。
地位のある夫と別れ、愛人と暮らそうとする彼女だが、愛人はお金もなく遊びたい盛り。彼女が離婚を決めても「僕らの関係は変わらない」と言い、「アバンチュールを求めているだけかと思った」「最初は上流階級の高慢さかと思ったけど、キミは魂が高慢なんだ」などと厳しいセリフを放つ。実際、2人がかみあわない理由は階級や年齢の差ではなく、魂の純度の差なのである。だから、彼に別の女がいるとわかった時、彼女はこう言う。「私は愛している。あなたは愛していない。これで終わりよ」。相手のレベルに合わせて「私ももう愛してないわ」などと対抗したりしないのだ。

ゲアトルーズの元夫は、未練がましい。
彼女の愛人が彼女のことを「最近の獲物」として友人らに軽々しく話すのを聞いた元夫は「僕が大切にしてきたものを、あんな若者に汚された」と本人よりも深く嘆き悲しむ。が、よりを戻そうと必死になる元夫に、彼女はきっぱりと言うのだ。「一度死んだものを蘇らせることはできないのよ」。

ゲアトルーズの夫は、世間体が大切。
彼女に愛人がいると知った夫は怒り悲しむが、激昂はしない。オペラへ行くと嘘をつく彼女を劇場まで迎えに行くシーンからは、彼の深い愛情が伝わってくる。が、いかんせん遅すぎるのだ。この夫、最後には「愛人がいてもいいから一緒にいよう」とまで言うのだが、こういうセリフも、彼女の高潔な魂には逆効果である。

というわけで、ゲアトルーズは3人の男を同時に捨てる。過去の男やマシな男をキープしておこうなどとケチなことは一切考えない。男友達のいるパリへ勉強に行く彼女が、さらっと飛び出すドアの外は、ドキっとするほどきらめいているのだった。

しかし映画は、彼女が老後に住む部屋のドアまでを描き切る。パリの男友達は、最後まで彼女を口説き続けるという素敵な役回りだが、結局のところ、彼女はこの男友達とも決別するという徹底ぶり!

愛に生きるとは、恋愛を繰り返すことじゃない。情にほだされず、自分を信じ、中途半端な愛を拒絶する強さをもつことだ。愛されても愛さず、愛されなくても愛し、相思相愛でなければ一人で生きること。最後まで決して後悔せず、愛に殉死してみせること。ブラボー!なんて潔いんだろう!こんな凄い女、カール・ドライヤーの映画の中にしか、存在しない。

*1964年デンマーク
*ユーロスペースで上映中
2003-12-17

『イン・ディス・ワールド』 マイケル・ウィンターボトム(監督) /


亡命者と旅行者は、似ているか?

デジタル・ビデオならではの真に迫る映像。個々のシーンは細切れだが、解説が入るからわかりやすい。パキスタンの難民キャンプからロンドンを目指すジャマールとエナヤットが今どこにいて、どれだけ時間が経ったのかが説明され、電話をかければ相手の様子が映し出され、ジャマールの話せる言語にはすべて字幕がつく。だけど1時間半という上映時間は短かすぎで、せっかく映像に力があるのだから、説明より描写で押し切ってほしかった。この映画は、コンパクトさや盛り上げすぎな音楽も含めてサービス過剰なのだ。

ドキュメンタリーではないがドキュメンタリー番組のようなこの映画は、パキスタンの難民キャンプで発見され主役に抜擢された推定年齢15才のアフガン人少年ジャマールの人生を大きく変えた。映画の撮影終了後、彼は映画用に取ったビザを使い、本当にロンドンへ亡命したという。一方、準主役で22才のエナヤットのほうは、すぐに家族のもとへ帰った。彼らの故郷のシーンにおける子供たちの表情は実に幸せそうで、アフガニスタンで生まれた親の世代はもちろん、難民キャンプで生まれた彼らが成長しても、皆が亡命しようと考えるわけではないだろうという当たり前のことを想像させた。

だが、お金と勇気ときっかけがあれば、亡命を企てる人は多いのだろう。そして、そんな自由になるための生き方ですら、今やお決まりのコースのひとつであり、そのためのルートがあり運び屋がいる。もちろん亡命者の切実さは、単なる放浪者や旅行者のメンタリティーとは次元が違い、悪質な密航手配業者に頼れば、金を騙し取られるばかりか命の保障もない。亡命に必要な能力とは、英語でジョークが言え、サッカーができ、母国語で祈れることなのだと私は確信したが、最終的に問われるのは、良いブローカーを見抜き、誰について行けばいいのか、どういう局面では逃げるべきなのかを瞬時に判断できる能力であることは間違いない。

蒸し暑いコンテナに密閉された亡命者たちが、イスタンブールからフェリーで運ばれ、40時間後にようやくトリエステに着いた時、生き残ったジャマールは保護されることを恐れ、いきなり走り出す。トリュフォーの「大人は判ってくれない」(1959)のジャン=ピエール・レオーを彷彿とさせるシーンだ。みずみずしい光に満ちたイタリアのバールでチープなブレスレットを売り、バッグを盗んで得たお金で汽車に乗り、フランスへ向かうジャマール。ロンドンまであと少しだ。今後、イタリアでバッグを盗まれることがあっても、あきらめるしかないなと思う。

ロンドンに着き、レストランで働くジャマールを見て、私は、先日行ったボローニャ郊外のピッツェリアで働いていた女の子を思い出した。彼女の表情は、私をものすごく不安にさせた。このピザはおすすめではないのか?もっとたくさん注文すべきなのか?私は何か悪いことをしたのか? 彼女はキェシロフスキの映画に出てくるポーランド女性のように見えたが、隣のテーブルのイタリア人によると、ボスニア出身だという。「彼女は絶対に笑わないんだ。自分の国がシリアスだからね」とその人は冗談っぽく彼女の表情をまねては大笑いし、なごませてくれた。ボローニャで働いている外国人の彼女とボローニャに遊びに来ている外国人の私は、地元の人には同じくらい不安そうに見えるのだろう。私は笑いながら話を聞いていたが、私が笑っているのは日本人だからであり、日本人らしいリアクションをしているだけなのだと思った。

*2002年イギリス
*ベルリン国際映画祭金熊賞ほか3部門受賞
*上映中
2003-12-04

『ニール・ヤング武道館公演』 /


ニール・ヤングvsエリック・クラプトン

1945年生まれの2人のギタリストが、来日した。ニール・ヤングとエリック・クラプトンである。

ニール・ヤングについては、多くを知らない。だいたい、クラプトンの100分の1くらいしか情報が入ってこないし。2年おきに来日しているクラプトンに対し、ニール・ヤングの単独来日公演は14年ぶり。クラプトンの18公演(11/15~12/13)に対し、ニール・ヤングは4公演(11/10~15)なのであった。

先週、日経新聞の「準・私の履歴書」とでもいうべき「人間発見」というコーナーに、クラプトンのインタビューが連載されていた。彼は去年再婚し、娘が2人生まれたことで「人生で音楽より重要なもの」を手に入れてしまったという。「いま困難な状況に陥っても、昔のようにギターに助けを求める必要はありません。妻や子供たちのもとに帰ればいいんですから」とクラプトンは言うのだった。

一方、ニール・ヤングはいまだに走り続けている。「デッドマン」(1995・ジョニー・デップ主演)の音楽を担当した時には、映像を見ながら即興で2時間ギターを弾き「どこをどうやって使ってもいいから」と監督のジム・ジャームッシュに渡したという。これがもう最高のロードムービー感をかもし出しており、これを超える映画音楽が一体どこにあるだろうか?と痺れたものだった。

そんなニール・ヤングが来日したのである。私は2日目の武道館公演を見に行ったが、まずはその客層に驚いた。こんなに年齢層の高いライブは初めてだし、日本人も外国人も、ふだん街で見かけないようなタイプばかりなのだ。格好なんて気にしないぞって人も多かった。つまりニール・ヤングのような人たちが中心。ライブの見方も真剣でコワイのである。ニール・ヤングもすごいが、客席はもっとすごく、2階席の1番前という素敵な席でずっと座って見ていた私もへとへと。隣にいたカナダ人のおっさんが「お前にわかるんかい?」という感じで時々こちらを見るのもプレッシャーであった。

後半のギタープレイはあまりにもしつこくて、1曲1曲がなかなか終わらなかった。ラストの「ライク・ア・ハリケーン」に至っては、最初の音が出てから曲がちゃんとスタートするまで、10分以上かかっただろうか。長い長い演奏が終わりに近付き、そろそろ終わるかなと思ってから完全に終わるまで、さらに10分引っ張った。

前半は「グリーン・デイル」という架空の町を舞台にしたミュージカル風の構成で、同タイトルのニューアルバムを順番通りに演奏した。内容は、土地と家族をめぐる究極の旅。フォークナーのような中上健次のような浅井健一のような浜田省吾のような世界が、チープにして壮大なステージで繰り広げられるのである。最後はキャスト総出演で踊り、星条旗を振るが、ニール・ヤングはカナディアンだし、911テロ後のチャリティ番組で放送自粛の「イマジン」を歌った人でもある。もう、ぜんぜん誰にも媚びていない。男の子というものは、自分が何のために生まれ、どこへ行き、何を捨て、どうやって死ぬのかを考えるために旅に出たりするものだが、ニール・ヤングはまだ、旅の途中である。

日本語の字幕なんて、もちろんない。彼は延々と英語で語り、延々とギターを弾く。ニール様が発した日本語といえば冒頭の「どうもありがとう」のみ。しかも、ものすごく下手だった。

あとで聞いたところによると、武道館の初日、ニール様は「ライク・ア・ハリケーン」を演奏しなかったという。ブーイングの結果、2日目には仕方なくやることにしたんだろうか。すごすぎだ。孤高のロッカーは生涯現役。ちっとも成熟していなかった。
2003-11-24

『復活』 タヴィアーニ兄弟(監督) /


悩みつづける男。変わり身の早い女。

自分のせいで転落してしまった女に思いがけない形で再会し、すべてを投げ打って求婚する男。
はたして身分違いの愛は成立するか?

単純なストーリーだが、3時間7分も、私たちはこの男の苦悩に付き合わされる。彼の悩みは7年前、叔母たちの家の養女カチューシャに欲情したことから始まった。欲情=諸悪の根源。原作者トルストイの究極のテーマである。

かつて欲望に身をまかせ、妊娠させ、見捨てた女が、今は娼婦になり殺人罪に問われている。そのとき、貴族たる男は責任をとろうとするだろうか?理想主義の彼は、するのである。贖罪の思いが政治的ポリシーの揺らぎとリンクし、彼は生き方まで変えてしまう。所有地を農民に分配しようとするがかえって迷惑がられるなど、とんちんかんな貴族の善意は傲慢さにすぎなかったりもするわけだが、それでも彼は、ひたすら償う。

こういうマッチョにしてロマンチックな感性をもちあわせたお坊ちゃまの政治的映画が「東京都知事推薦」というのだから面白い。っていうか、そのまんまだ。

彼の行為は当初、愛ではなく偽善として描かれる。だが、自己満足や見栄や憐れみや支配欲や意地が介入しない愛などあるだろうか。結局のところ、愛とは行動なのだ。この映画の長さは、このことを描くためにある。女の気持ちを理解できない男は、偽善を恐れず、とりあえず行動してみるしかない。どこからどこまでが女の演技なのか、どういうときに強引に奪えばいいのか、どういうときに優しくすればいいのか、何がセクハラで何が女を傷つけるかなんて永遠にわかるはずがないのだから、ひたすら実直に行動し続けるしかないのである。

ラスト、彼女を失ったシベリアの地で呆然としている彼は、新世紀を迎える農民たちのパーティーの中でも完全に浮いている。目的を失い、ふぬけになった彼が「あなたの願いごとは何?」と聞かれて何と答えるのか、私は固唾をのんで見守った。

男女の関係は、変化しながら一生続いてゆくのだから、その力関係を近視眼的に判断してはつまらない。とはいえ、そこに普遍的なパターンが存在することは明らかである。

(女)愛する→傷つけられる→転落する→見返してやる→ふっきれる→再び上昇する
(男)欲情する→傷つける→ばちがあたる→転落する→反省・執着する→低空飛行つづく

男の低空飛行にスポットを当てた映画が多いのは、映画監督や原作者のほとんどが「悩める男」だからだ。そもそもトルストイは、この作品を何度も書き換え、十年もいじり続けたらしい。原作自体が、男の悩みの究極の軌跡なのである。

*2001年イタリア映画/上映中
*モスクワ国際映画祭グランプリ
2003-11-09

第50回 ヴェネチア・ビエンナーレ(la Biennale di Venezia)』 /


モテる日本。モテない日本。

ある種の美術展はストレスの宝庫だ。並ばなきゃダメ。静かにしなきゃダメ。さわっちゃダメ。写真はダメ。はみ出ちゃダメ。逆行しちゃダメ。その点、2年に1度開かれる最も歴史の古い国際現代美術展「ヴェネチア・ビエンナーレ」は楽園だった。

メイン会場の「ジャルディーニ」には、各国のパビリオンが別荘のように点在している。最も古い建物はベルギー館で1907年、シックな日本館は1956年に完成した。ゆっくり散歩しながらハード(建物)とソフト(作品)のセットで「お国柄」を体験できるのが楽しい。

ポップな目立ち方をしていたのがオーストラリア館(byパトリシア・ピッチニーニ)のグロテスクな肉の塊やリアルな人形たち。フォトジェニックな不気味さに、思わず写真を撮りまくってしまう。

イスラエル館(by マイケル・ロヴナー)も大人気で、CGを使わずに群集の動きだけでパワフルな映像作品を見せていた。壁面やシャーレにうようよする膨大な数の細菌はすべて人間なのだ。ひとつのテーマへのアプローチのしつこさに圧倒された。

ドイツ館(マーティン・キッペンベルガー他)の主役は通風孔のインスタレーション。地下鉄が7分おきに轟音をたてて下を通り、ふわーっと風が巻き起こる。笑えた。

スペイン館(byサンチャゴ・シエラ)の内部は廃墟。裏へまわるとドアが開いているが係員に「スパニッシュ オンリー!」とシャットアウトされてしまう。凝った演出だ。

そして、本当に閉ざされていたのがベネズエラ館。作品が検閲に引っかかり「棄権」となったらしい。

ただし「ジャルディーニ」にパビリオンを持つ国は29のみ。その他の約30の参加国は、市内各所の建物を借りた展示だから、迷路のようなヴェネチアの街を歩き回らなければならない。今回「金獅子賞」をとったのは、非常にわかりにくい場所にあるルクセンブルグ館(by スー=メイ・ツェ)だった。壁一面に防音スポンジが敷き詰められた部屋、運河に面して椅子とテーブルと赤い編み糸が配された部屋、砂時計が回転している部屋、砂漠の砂を延々と掃き続ける男たちの映像の部屋、緑あふれる大自然の崖っぷちでこだまと対話するように優雅にチェロを弾く女性の映像の部屋。どの部屋にもおやじギャグに似た不毛な空気が漂い、意味の追求とは正反対の引力が心地よい。タイトルは「air condition」。歩き疲れたあとに、こういう脱力系の展示はありがたかった。

日本館(by曽根裕・小谷元彦)は地味だった。アジアでパビリオンを持っているのは日本と韓国だけなのに、どちらも観客が少なくて寂しい。予算も少ないみたいだ。別会場では国という枠を取り払ったいくつもの企画展がおこなわれており、ルイ・ヴィトンや六本木ヒルズとのコラボレーションで夢を実現できたという村上隆が圧倒的に目立っていたし、総合ディレクターの目にとまり白羽の矢が立った土屋信子という無名の日本人アーティストが出品したりもしていたのだけど。

キュレーションの鍵を握るのはプロデュース力であり、日本館の作家はかわいそうだったと村上隆は言う。
「お金のことって、アート界ではことさら批判の対象になるけれど、その流れをいちど全面肯定することでぼくは、構造そのものの鎌首にナイフを突きつけたいんです。(中略)アートとは欲望なんです、約めていえば。所有欲とか権力欲とか、エグゼクティヴになりたいとか、もてたいとか、尊敬されたいとか、わかってほしいとか。日本のアーティスト自体に強烈な欲望がないっていうのが問題ですね」(美術手帖2003/9より)

*ヴェネチアで開催中(6/15~11/2まで)
2003-10-19

『デッドエンドの思い出』 よしもとばなな / 文藝春秋


よしもとばななが愛される5つの理由。

「私はばかみたいで、この小説集に関しては泣かずにゲラを見ることができなかったですが、その涙は心の奥底のつらさをちょっと消してくれた気がします」(「あとがき」より)
泣きながら自分の小説のゲラを見るよしもとばななは、うっとりと鏡の中の自分に見入る松浦亜弥と同じくらい信用できる。本人が没頭できるというのは、何よりの品質保証だ。

「この短編集は私にとって『どうして自分は今、自分のいちばん苦手でつらいことを書いているのだろう?』と思わせられながら書いたものです」(「あとがき」より)
つらいことを美しく書き、苦手な人に美しい理解を示す。それは運命を支配することだ。言い換えれば、他者を勝手に美化するエゴイズム。でも、その作業をていねいにやっていけば傲慢ではなくなるはず。「あったかくなんかない」という小説には、その秘訣が明かされている。

「ものごとを深いところまで見ようということと、ものごとを自分なりの解釈で見ようとするのは全然違う。自分の解釈とか、嫌悪感とか、感想とか、いろいろなことがどんどんわいてくるけれど、それをなるべくとどめないようにして、どんどん深くに入っていく。そうするといつしか最後の景色にたどりつく。もうどうやっても動かない、そのできごとの最後の景色だ」(「あったかくなんかない」より)

「あったかくなんかない」は、反抗的な小説。
まことくんが抱く「明かりはあったかくない」という考えは、あまのじゃくだけど素直。人生における幸せの時間は、思いがけない瞬間に現れる。頑張って手に入れるものではなく、さりげなく曖昧なものだ。そういう時間がもてれば、家族が多いほうが幸せってこともないし、長生きが幸せってこともないし、孫の顔をみるのが幸せってこともない。決められた概念を手に入れるだけの人生は貧しすぎる。

「幽霊の家」は、保守的な小説。
若さゆえの残酷な別れ、SEXの悲しみと幸せ、タイミングの重要性、親から受け継ぐものの価値、長く続けることの意味。主人公のように本質的な生き方をしていれば、日々のちょっとした傷なんて簡単に癒えてしまいそうだ。唯一無二の運命を描きつつ、選択肢はひとつじゃないという小説。相手は誰だっていいんだといわんばかりに、流れに任せて生きる人が幸せをつかむのだ。この作品自体が「幽霊」のような幻想だと思う。

「おかあさーん!」は、ウソっぽい小説。
私たちは、かつて自分を傷つけた人、自分とうまくいかなかった人のことをどう考え、どう克服していけばいいのか。物理的な解決策ではく、普遍的な希望が提示される。つまりフィクションの効能。汚れた現実世界を救うのは「美しいウソ」なのである。

「ともちゃんの幸せ」は、ふてぶてしい小説。
感じる人は生きづらく、傷つく人は損をする。神様は、弱者に対して何もしてくれやしない。不確かで力をもたない祈りのような小説だが圧倒的。傷ついた心は、他人と共有したり、ぶつけあったりせず、ただひっそりと受け止め、こつこつと貯金すればいいのだ。

「デッドエンドの思い出」は、取り返しのつかない小説。
最後の3行だけで泣ける。泣けば他人にやさしくなれるか?そんなことは断じてない。自分も幸せになろうと思うだけだ。ますますエゴイスティックに。
著者は、この小説が「これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好きです」といい、「これが書けたので、小説家になってよかったと思いました」とまでいう。世に出る前に、少なくとも1人を救った作品。何よりの品質保証だ。
2003-10-14

『偶然にも最悪な少年』 グ・スーヨン(監督) /


必然的に風通しのいい映画。

グ・スーヨン監督はCMディレクターであり、原作本「偶然にも最悪な少年」の著者。
映画化を企画したのはピラミッドフィルムの原田雅弘。
脚本を担当したのはグ監督の弟でコピーライターの具光然(グ・ミツノリ)。

つまりこれ、バリバリにCM業界寄りの映画だ。監督、撮影部、照明部、スタイリスト、ヘアメイクはCMのスタッフで構成されている。とはいえ、それ以外はすべて映画のスタッフだから「映画界のシキタリ」には何度も泣かされたらしい。CMではタレントにいちばん気をつかうが、映画では「監督がとにかく天皇」なのだそう。

グ監督は言う。
「映画では役者たちを俳優部って呼ぶのも興味深かった…CMでタレントは役者というよりも、限りなくモデルに近いからね」
「監督は確かに絵を決める存在だけど、人間的に崇めるのはどっかおかしい…それで閉鎖的だったり、ヘンな緊張感があったり。でも、それって映画の発展を妨げてねぇか。そんなんじゃおもしろいモノはできないよ」

自殺した姉のナナコ(矢沢心)にまだ見ぬ祖国(韓国)を見せたいと思いついたビーボーイのヒデノリ(市原隼人)は、こわれかけた女子高生の由美(中島美嘉)を巻き込み、チーマーのタロー(池内博之)のボロいマーク�に死体をのせ、4人で東京から博多へ向かう。この単純なストーリーに私はしびれ、期待した。

公開2日目の最終回上映にして7人しか観客のいない品プリシネマではさすがに不安にかられたものの、4人のしょうもない日常が描かれ、ナナコが自殺し、ヒデノリが街をさまようあたりから映画は動き出した。音は浅井健一(SHERBETS)の「Black Jenny」。これはもはやナンニ・モレッティの「親愛なる日記」でパゾリーニが殺された伝説の海岸にヴェスパが辿り着く長回しのバックに流れるキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」と同じくらい有無を言わせない。このシーンだけで映画が成立してしまうのである。

その後はピュアなロード・ムービーだ。死体はどんどん腐るし、お金は調達するしかない。ヒデノリが醸すペラペラな空気感と、媚びも屈託もない由美の存在感が、中味のない言葉や力のない笑いやありがちな心の病いにアクチュアルな輝きを与える。万引きしてもカツアゲしても人を刺しても、特別には悪くない。動物以上、大人以下。そしてKISS。勢いで密航。すべてが自然現象にしか見えない異常さこそが現代のリアル。成長物語にもなってないし、何かが成就するわけでもないけれど、意外とタフで普通な日常が続いていくんだろうってことはわかる。こういう日本の行く末をまじに突き詰めるか、おちゃらけるかの二者択一を迫られるが日本映画のシキタリなのだとしたら、そうではないものをこの映画は見せてくれた。イライラとヘラヘラの間に、こんなにも等身大な道が開けていたとは―

死体に話しかけたり、鼻歌まじりに着替えさせたり、死化粧したりの中島美嘉がいい。CMスタッフによる衣装、メイク、照明、演出が冴え、4人とも演技をしていないように見える。少なくとも「俳優部」の役者には見えない。

「GO」よりも希薄、「ユリイカ」よりも気楽、モンテ・ヘルマンの「断絶」とサム・ペキンパーの「ガルシアの首」とラリー・クラークの「ブリー」を足して3で割って渋谷系にした高品質なB級映画。最悪なんかじゃない。渋谷東映で見れば満席だったはず。きっと。

*全国各地で上映中
2003-09-25

『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』 本広克行(監督) /


踊る大組織。

オープンしたばかりのルイ・ヴィトン六本木ヒルズ店の混雑ぶりはただごとではなかったが、そのほぼ正面に位置するヴァージンシネマズ六本木のプレミアスクリーンはがらがらだった。

動員数が既に1000万人を突破したというこの映画をたった10人程度で鑑賞するのは寂しすぎる―と私が感じたのは、満席の大劇場で見た5年前の前作を思い出したからだった。その時は、上映中に携帯の着メロが4種類くらい鳴った。しんとしたシーンでオーソドックスな着信音がステップトーンで音量を上げながら場内に響きわたった時は、本気で演出の一部かと勘違いしたものだ。映画を観ているというよりは、大勢でわいわいテレビを見ているような雰囲気が新鮮だった。

しかし、寂しさを感じた本当の理由は、この映画が組織をテーマにした作品だからだと思う。

本店(警視庁)vs所轄(湾岸署)という図式がメインディッシュであることは相変わらずだが、今回は、そういう「軍隊みたいな組織」に対抗する集団が現れる。

だからといって、組織のもつ根本的な問題が追及されるということはなく、逆にメリットや楽しさが強調されるばかりだ。組織内における上層部への不満は具体的にアピールされるものの、組織外追放(リストラ)の深刻なリアリティは描かれないし、本気で組織を恨んでいるはずの人間が吐き出すセリフにも迫力はない。つまり、この映画においては、警察という組織内の内輪もめのほうが圧倒的に面白いのだ。進化し続けるお台場という街を舞台に、情報(警視庁)vs現場(湾岸署)の対立の構図が冴える。

脚本家の君塚良一は、ずっとフリーでやってきた人だという。つまり、これは、会社組織に属したことのない人が客観的な取材にもとづいてつくったお話なのだ。大変なことも多そうだけど一人でいるよりは心強いし楽しそうだよなという視点、上からの命令が絶対の中でロマンを持ち続けている人が組織を支えているんだよなという視点が、この作品を貫いていると思う。

織田裕二も深津絵里も水野美紀も柳葉敏郎もユースケ・サンタマリアも小泉孝太郎も、皆、これがいちばんハマリ役なんじゃないか?と感じさせるような輝き方で、それぞれのキャラクターを演じている。スタッフの頑張りや旺盛なサービス心も伝わってきて、この映画自体が理想的な組織の産物であるかのように見えてくる。

で、さらに、クレジットの中に知っている名前や企業名を発見したりするものだから、平日のこんな時間にワインを飲みながら映画なんか見てないで仕事しなくちゃ!という痛い気分にさせられるのであった。

*全国各地で上映中
2003-09-16

『10話』 アッバス・キアロスタミ(監督) /


これは、ドキュメンタリーじゃない。

女がテヘランの街を車で走り、固定されたデジタル・ビデオが車内を撮影する。監督やスタッフは同乗していない。嘘みたいにシンプルな手法の「隠し撮り風映画」だ。

彼女の息子、姉、老女、娼婦らが助手席に乗り込み、会話を交わす。「10話」から始まるからラストが「1話」。カウントダウンによって期待が高まり、オチもあるから、ちっともドキュメンタリーらしくはない。手法に関しては究極のミニマリズムなのに、監督の意図がムンムンだ。

息子を除き、助手席に座るのはすべて女。しかもほとんどが「うまくいっていない女」。彼女自身は、アートなお仕事をするバツイチの自立した美人である。

これがイランの現実?そうなのかもしれない。だけど、もっと何かあるはずでしょう、日本の女が驚くようなきらめく細部が。この映画に登場するのは、オーソドックスな話ばかりなのだ。女は失恋するとなかなか立ち直れなかったり、髪を剃っちゃったり、娼婦になっちゃったり・・・驚きがないのがこの映画の驚きで、上から見下したようなおやじっぽい視線を、主役の彼女に代弁させている感じが不快。ゴダールみたいに監督自身がぐちぐち説教する映画のほうがタチがいい。

救いは、彼女の息子が10話中4話に登場すること。彼の元気な表情が映ると、それだけでほっとする。母との会話にうんざりして外に飛び出しちゃったりする彼だが、実のところ、この映画の説教くささに耐えられないのだと思う。それを素直に暴いてしまう唯一の存在。結果的にこの映画は、子供の使い方が圧倒的にうまいキアロスタミらしい作品になっているし、やたらと作り込みの目立つイラン映画らしい作品でもある。

さて、私はその後、ドキュメンタリーのお手本のような映画を見てしまった。フレデリック・ワイズマンの「DV―ドメスティック・バイオレンス」である。夫の暴力に耐えかねた女が駆け込むDV保護施設を中心にカメラが回され、演出も脚本もナレーションもない。必要な情報はすべて自然な形で語られる。職員も被害者も真剣だ。被害者の女たちが、カメラを気にせずに語るなんてありえないだろうと普通は思うし、撮影許可が下りないだろうとも想像する。でも、できるのだ。

「私は普通の体験をドキュメントすることに興味がある。家庭内暴力がありふれた人間の行動である以上、映画の題材にふさわしいと思った」とワイズマンは言う。そこには感動も共感も押し付けがましさもなく、自分の存在を消すことのセンスが際立つ。重要なのは、監督が現場から消えることではなく、いながらにして存在感を消すこと…。

ワイズマンは、山形ドキュメンタリー映画祭の機関誌「documentary box」で、アメリカの国道1号線をひたすら南下する至高のドキュメンタリー・ロードムービー「ルート1」を撮った故ロバート・クレーマーと対談している。「我々は見えない存在になりたいんだ」とクレーマーが言い、ワイズマンが「その通りだ」と頷く。

そしてこうも言う。「できあがった結果に何らかの意味で自分でも驚くことがなければ、映画を作る意味なんてないと思うね。そうでなければ、結果がどうなるか最初からよく分かっていることのために1年も費やすことになる」

●「10話」 (アッバス・キアロスタミ)
2002年/フランス・イラン/94分/ユーロスペースで上映中
●「DV―ドメスティック・バイオレンス」 (フレデリック・ワイズマン)
2001年/アメリカ/195分/アテネフランセで上映中
●「ルート1」 (ロバート・クレーマー)
1989年/USAフランス/255分/アテネフランセで上映中
2003-09-09

『どこにでもある場所とどこにもいないわたし』 村上龍 / 文藝春秋


女よ飛び出せ、とおじさまはアドバイスする。

ナシやブドウやサクランボが畑から盗まれる事件が相次いでいるらしい。何百個、何千個という単位だそうだから、組織的で悪質な犯罪に違いないし、農家にしてみれば相当な被害だろう。被害者の一人はインタビューに答え、こんなふうに語っていた。
「せっかく育てたのに、残念です…」
商売上の打撃を嘆くのでもなく、犯人への怒りをあらわにするのでもなく、淡々と。
まずは、自分がつくった商品に対する思いがあふれ出る。愛のある仕事は強いなと思った。

「どこにでもある場所とどこにもいないわたし」は、仕事の強度に関する短編集だ。

「どこにでもある場所」とは、コンビニや居酒屋や公園やカラオケルームや披露宴会場や駅前や空港。これらの場所で、「どこにもいないわたし」たちが、一瞬のうちに実に多くのことを考える。ありふれた場所にいても、希望を持ち続ける勇気が必要ということだ。そうでなければ、私たちは、これらの場所に押しつぶされてしまうだろう。ありふれた場所に流されず、ありふれた他者に依存せず、そこから飛び出す唯一の方法。それは、自分を浄化する内なる衝動に耳を傾けることだ。言い換えれば「一日二十時間没頭できる何か」を見つけること。安直な他者との関係は、永遠でも絶対でもなく思い通りになるわけでもないが、内なる衝動はシンプルでクリアで世界を変える強度をもつ。村上龍は、これらの小説の中に「他人と共有することのできない個別の希望」を書き込みたかったという。

「コンビニ」は、音響スタジオで働く「ぼく」がサンディエゴに留学を決める話。この仕事が好きなのだと「ぼく」が実感するくだりが美しい。「おれはだまされていた」が口癖の兄は、かつて「ぼく」にこうアドバイスをした。「本当の支えになるものは自分自身の考え方しかない。いろんなところに行ったり、いろんな本を読んだり、音楽を聴いたりしないと自分自身の考え方は手に入らない。そういうことをおれは何もやってこなかったし、今から始めようとしてももう遅いんだ」と。自分自身はダメダメなのに、弟を圧倒的に正しく導く兄。ありえない。まるでポジティブな亡霊のような存在だ。そんな兄の働くスナックに「ぼく」がサンディエゴ行きの報告へ行くと、兄はシャンペンをおごってくれるのである。ファンタジーだ。

「居酒屋」という短編も留学がテーマだ。居酒屋とはこんな場所である。「誰もが自分の食べたいものを食べていて、無理をしていない。等身大という言葉があるが、居酒屋は常に等身大で、期待を大きく上回ることはないが、期待を大きく裏切ることもない。だが、居酒屋には他人というニュアンスを感じる人間がいない」。要するに、居酒屋にいる限り、人は進歩することはできないということだ。一緒にいると境界が曖昧になってしまうようなつまらない恋人と中野の居酒屋へ行くよりは、西麻布でホステスをしろと村上龍は言っているのである。まじ? 実際、「わたし」が西麻布でホステスをしていた時に来た男が「わたし」の人生にくさびを打ち込む。つまりその男は、その辺のおやじとは違う、見識ある「おじさま」であったということだろう。「一日に二十時間、絵を描き続けても飽きない人間が、画家だ」と男は言い、「わたし」は20年ぶりに絵を描きはじめる。

ほとんどの短編に、この手のアドバイザー的な「おじさま」が登場する。こういう存在になることは、「おじさま」の究極のロマンであることだろう。若い世代や女を描いているように見える本書は、「おじさま」にとっての救いの物語でもある。
2003-08-21

『熊座の淡き星影』 ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) /


時間と空間のロードムービー。

ジュネーブのホテルで、ニューヨークへ帰国することになった夫婦のお別れパーティが開かれている。翌朝、夫婦はまず、妻の故郷であるトスカーナの城塞都市ヴォルテッラへ向かう。スイスから一気にイタリアを南下するのだ。クルマはBMWのオープンカー。1965年の作品だ。

こんなブラボーなイントロを持ってこられたら、それだけでもう、涙が出てしまう。映画のタイトルが出るころには、既に満たされた気持ちだった。

もちろん映画の本題はそこからで、ヴォルテッラにある妻の実家を舞台にドラマが展開してゆくのだが、私たちは、アメリカ人の夫の視点で、ごく自然に、博物館のように謎めいた屋敷の内部へ入り込むことができる。

だから、やっぱり重要なのはイントロだ。スイスで通訳をつとめる聡明な妻が、イタリアの実家でどう変化するのか。アメリカ人の夫は、そんな妻をどう見守るのか。よそ者の視点がきわだつ。この映画は、ほとんどが屋敷の内部で撮られたにも関わらず、完璧な旅の物語なのだ。

早くここから抜け出し、妻と一緒にニューヨークへ帰ることを願う夫は、過去にとらわれた彼女を救うべく、怪しすぎる人物関係をとりもつ努力までする。ついにぶちきれて義弟を殴ってしまう晩餐会のシーンですら、彼はまっとうだ。「やっぱ、アメリカ人は血の気が多いよね」などと早合点してはいけない。

義弟は、屋敷の周辺の廃墟を案内したり、姉の過去におわせたりしながら、彼に言う。「田舎は、どこでも同じだ」と。イタリア人がアメリカ人に向かって、そう言うのである。
イタリア映画であるにもかかわらず、クルマがBMWだったり、食前に飲む酒がスコッチだったりするのが上流階級らしい。パゾリーニとは全然ちがう。地方都市の名門という迷宮が、新たな歴史的苦悩を紡いでゆく。

ラストシーンは屋敷の中庭。妻の父親の彫像の除幕式がおこなわれており、その輪に、ある人物が加わるところで映画は終わる。この終わり方も秀逸だ。葬式のようでいて、それは、確かな始まり。何かが終わるのではなく、続くのだ。歴史はこうやって変化が加えられ、良くも悪くも継承されていく。イタリアの歴史と文化の深淵をのぞき見る思いがした。

―熊座の淡き星影よ
私にはとても信じられない
父の庭園の上にきらめくお前たちに
こうして再び会えるとは
幼い日を過ごしたこの館の
喜びの終焉を見たこの窓辺で
きらめくお前たちと
こうして語り合えるとは―
(ジャコモ・レオパルディ「追憶」より)

単なるミステリーでもなく、単なる近親相姦の話でもない。ポランスキーとトリュフォーとキェシロフスキーとゴダールを、この1作に見る。そして、もとをたどれば、これは溝口健二なのではないかと思うのだった。やっぱすごいよ、雨月物語って。

美味しいレストランに行くと、ついほかの美味しいレストランの話とか、ほかの美味しいものの話になったりするものだ。いい映画をみれば、ほかのいい映画のことを全部思い出してしまう。

*1965年 イタリア映画

*ヴァネチア国際映画祭金獅子賞受賞
*シネ・リーブル池袋にて上映
2003-08-05

『不完全な天体7「共栄ハイツ305」杉並区久我山2-9-××』 角田光代 / recoreco vol.7 (メタローグ)


恋に、賞味期限はある?

角田光代の「不完全な天体」という連載が、今月、大きな反響を巻き起こしたらしい。
私も、読んでみて驚いた。たった8ページの小説だ。
実話だとしても、小説と断言できる。それほど冷徹で、完成度が高い。

24歳の「私」は、世界一好きな男とともに暮らしていた久我山の共栄ハイツで、どれほどすさんだ日々を送っていたのか―
「共栄ハイツ305は、なんだか異国にぽつんとある、人気のない安宿みたいだった。安宿に生活はない。半年居着こうが一年居着こうが、生活はおとずれない」
なかなか帰ってこない、気まぐれで無責任な「イノマタくん」をひたすら待ちながら、「私」はついにいろんな男の子を共栄ハイツに連れ込んで寝るようになる。

ちっとも面白くない内容だ。馬鹿じゃないのって思う。図式化すると、こんなふうになるんだから、本当にばかばかしい。
「愛する→でも愛されない→執着する→でも愛されない→他の男で紛らす→でも愛されない」

なのに「私」はどこまでも真剣だ。角田光代は、本気でこのくだらないテーマに取り組んでいるのである。恋をした女が堕ちてゆきがちなマイナスのスパイラル状態を、全くカッコつけずに、全く笑わせずに、全くセンチメンタルにならずに書き切れる作家が、ほかにいるだろうか。

大好きな「イノマタくん」は何も変わらないし何も考えちゃいないのに、「私」は一人で悩み、あがき、愛や生活を求め続ける。圧倒的な一人よがりは、愛情を強くもってしまった側の典型的な不幸。「私」は、イノマタくんが自分にふさわしくないことに、いち早く気付くべきなのだが、泥沼にはまってしまった当人はなかなか抜け出せず、とことん傷ついてしまう。

先週号の「アンアン」は「恋の賞味期限」という特集だった。なんてマニアックな特集だろう。初恋を貫こうなどという提案は当然どこにもなく、毎日コンビニに通うように、こまめに新鮮な恋人を手に入れるのが、もはや常識なのである。

そう。それなのに多くの人が、賞味期限切れの恋を引きずり、悩んでいる。コンビニですぐ手に入るんだから、さっさと捨てればいいじゃん!でも、それが難しい。人は「恋愛中」と「not 恋愛中」にあっさり2分できるわけではなく、「何となく別れられないでいる」が圧倒的多数なのだ。

角田光代もこの特集に寄稿しており、「恋は腐る」と断言している。
「腐りはじめている恋を後生大事に抱えていたことがある。(中略)腐ってしまった恋は、何も与えてくれないばかりか、私たちの元来持っているものを著しく損なわせる」

腐った恋について書かせたら、角田光代は凄まじい。
こういうことをマジに追究する作家がいること、そして、こういうテーマで悩んでいる女が相変わらず多いという事実に、希望を感じたりもする。執着は、ときに美しい。
賞味期限切れの食べ物を、平気で食べたりする男を見ると、何となくほっとするのだ。
2003-07-18

『阿修羅ガール』 舞城王太郎 / 新潮社


オトナには読めない、女のコの恋心。

「第16回三島由紀夫賞」を受賞したが、選評(新潮7月号)は賛否両論。
共感した順に星印をつけてみた。

宮本輝★
「他の四人の委員に、この小説のどこがいいのかと教えを請うたが、どの意見にも納得することができなかった。下品で不潔な文章と会話がだらだらつづき、ときおり大きな字体のページがあらわれる。そうすることにいったい何の意味があるのか、私にはさっぱりわからない。(中略)いったい何人のおとなが『阿修羅ガール』を最後まで読めるだろうか」

高樹のぶ子★★
「それでも私が×でなく△にしたのは、この作者の暴力感覚は、社会的あるいは道徳的な枠組みを越えて生命の本質的なところに潜在しているように見え(これは私を著しく不快にする)、その特異な体質が読後に一定の手触りを残している点を、無理やり自分に認めさせた結果である」

島田雅彦★★★★
「ブーイングを浴びることでいっそう輝いてしまう狡猾な作品なのだ。(中略)『ええかげんにせえや』といわれて、一番喜ぶのは舞城の方で、逆に彼を落胆させるには、『自意識の崩壊現象を緻密に描いている』などともっともらしい批評を加え、作者を赤面させればよい」

筒井康隆★★★
「長篇の大部分がこの女の子の一人称だから、作者には相当の自信があったのだろう。文章が今までになく躍如としていて、これは初めての成功例と言ってよく、ひとつの功績として残したい作品だ」

福田和也★★★★
「ページから、どんどん風が吹いてくる。レッド・ツェッペリンとかブラック・フラッグとかのLPをはじめて聞いたときの感じ。その感触が、まだ見ぬものへの畏れを喚起する楽しみ。これからである」


「阿呆な自分はついて回る。そっからはどうしたって逃げられない」
この小説のテーマは、このフレーズに尽きる。主人公のアイコは気付いてしまうのだ。阿呆な他人に突っ込みを入れても、自分の世界観が幼稚である限り、それらはそのまま自分に返ってくるのだということに。

宮本輝がわからないという「大きな字体」とは、ファンタジーのシーンで崖の壁面にリアルタイムで削られる巨大な文字だ。小説や目の前の現実よりも強い意味をもち、アイコを遠隔操作するメッセージ。つまりこれは、好きな人から届く携帯メールのようなもの。「阿修羅ガール」は、その儚さと残酷さと魔法のような力を文学的に描写した初めての小説だと思う。

アイコのような女のコは、たくさんいる。健康で頭の回転がよくてポジティブで人当たりがよくテレビをいっぱい見ているからタレントみたいな顔とスタイルをしていてリズム感があり要領がよくカッコよく勉強なんかしなくても大事なことがわかっていて皆に愛されリーダーシップがとれる。何かと傷ついちゃったりもするのだがソツのない自己突っ込みで器用に回復できちゃうし友達もいっぱいいて家族にも可愛がられているからなかなか前に進めなくて孤独に何かを追求したり徹底的に考えたりするチャンスも時間もない。せいぜいが愛のないセックスをして自尊心を減らす程度。暴力的な世の中にどっぷり浸っているものの絶望することなくけなげに状況を理解し適応しようとしている。

そういう女のコのリアルな自意識は、この小説の世界観の限界でもある。だから時々、女のコの感覚から完全にはみ出してしまうのが、この小説のパワフルで面白い点。アイコの世界観が説明されすぎて、説教くさくなってしまう部分が、ちょっと残念だけど。

救いは、アイコの行動の核になっている、シンプルな恋心。
宮本輝がいう「下品で不潔な文章と会話」を貫いているのは、普遍的な愛の物語なのだった。
2003-07-01

『開放区』 木村拓哉 / 集英社


TVがだらだらついているのは嫌、とキムタクは言う。

4月末の発売以来、2か月で50万部以上が売れたという。
タレント本としては、一昨年の「プラトニック・セックス」(飯島愛)に続き、100万部を突破する勢い。男性読者が2割強を占め、特に30~49歳の男性は1割近い。

本人のコメントは「買ってくれたみんなに感謝します。1人でも多くの人に読んでほしい」という月並みなものではなく「ぶっちゃけ、すっげー嬉しい。 まじでヤベーって感じ」というものでもなく、以下のようなものだった。

「出来上がった本を手にして、あらためて、『おれって、まだまだだな』と思った。この本を買ってくれた人がどんなふうに読んでくれるのか・・・食卓で読んだり、まくら元に置かれたり、あるいは本棚の片隅に収められるのかもしれない。そんなことも想像して楽しんだりもしています」

この発言には、彼がモテる理由のすべてが凝縮されている。つまり「自然体」「負けず嫌い」「想像力」の3点セット。ムカつくような前向きさや、うんざりするような屁理屈や、あきれるような鈍感さの対極にあるものだ。たったひとつのコメントにも、これらを注ぎ込めてしまう集中力の高さは、実にテレビ向き。この本の原料も、主としてこの3点セットだ。

「決別っていう言葉は好きじゃない。人は、一度出会ったら、きっと、そのあともずっとつながっていくものだと思うから。恋愛でも、たとえ別れても、すべて終わりじゃなくて、友達は無理かもしれないけど、新しい関係でいたい」

「このシート、もう少し倒れてくれないかなぁと思ったときに、『これ以上、倒れるわけねーだろ!?』って、口答えしてくるようなクルマがいい。(中略)最新式じゃないほうが贅沢な気がする。だって、そこには、会話が生まれるから」

「友だちに直接相談を持ちかけられたときは、できるだけ自分なりの答えを見つけ出そうとする。相手がどん底まで落ち込んでたら、話を聞きながら、自分もそこまでいっしょに降りていく。ふつうのテンションでいたら、ほんとの気持ちなんて、きっと理解できない」

彼は子供のころ、冷凍食品やインスタント食品はほとんど食べさせてもらえず、お小遣いももらえず、自転車を欲しいと思えば粗大ゴミ置き場のチャリンコを修理して乗り、だけど、あちこち連れていってもらったそう。まさに「モノより思い出」な育てられ方だ。

「俺、ふだんは、あんまり泣くガキじゃなかった。泣くと親父にひっぱたかれたから。それでまた泣くと、今度は『泣きやめ!』って、ひっぱたかれる」

「ガキのころ、繰り返し聞かされた『男と男の約束だからな』っていう親父の言葉は、子ども心にも、妙に重く感じた」

「そのころからずっと、デパートの食品売り場は好きになれないんだよね。なんでだろう・・・って思ってたんだけど、もうすでに食べられる状態に調理された匂いがダメなのかもしれない。そういう匂いは台所から生まれるものだっていうのが、感覚としてあるから」

「食の嗜好は、やっぱり育ってきた環境が大きいと思うよ。俺の場合はとくにそう。『おいしそうじゃないから食べない』っていうんじゃなくて、『自分にとってなじみがないから食べない』っていうことのほうが多い」

この保守的な感じ、新鮮。家族を大切にし、ルーツを大切にし、墓参りに行きたいという木村拓哉。彼の言葉を聞いていると、世の中の画一的な幻想や焦りや苛立ちから、しばし開放される。なじみがないものは食べないという自己のルーツに根ざした古風なモノサシは、わけのわからないプロパガンダが充満している今、とても重要なことのように思えてくるのだ。
2003-06-27

『プラダ青山東京』 ヘルツォーク&ド・ムーロン / プラダ財団



ショッピングより、建物ウォッチング。

東京の風景は、どんどん変わる。
カフェもレストランもブティックも美術館も、あっという間に消滅してしまう。いつも工事中だ。今度は何ができるんだろう?以前ここには何があったんだっけ?そんなことを考えることすら面倒になってくる。そのうち、多くを期待しないようになった。万が一愛着をもってしまったりしたら、裏切られたときに、悲しすぎるから。

表参道から根津美術館に向かう「みゆき通り」に、6月7日、プラダ青山店がオープンした。この建物は、建設中のときから面白かったし、既に記憶に残る建物となってしまった。周囲の建物に特別な思い入れをもたないようにしている私がそんなふうに思うのだから、世界中の人々がわざわざ見学に来たっておかしくない。
クリスタルのように透明で尖っているから?全体を覆うひし形の格子から中の様子がゆがんで見えるから?単に意表をついた建物だから?ひとついえるのは、ブランドショップにありがちな権威的な匂いが感じられないこと。四角四面な重厚さ、威圧感、閉鎖性の対極にある軽やかさを建物全体で実現してしまった。外壁なしに「インテリアのみ」で成立しているような印象だ。

この店で、今のところ最も売れている商品は、地下1階の写真集コーナーにあるこの本である。
というのは私の勝手な想像だが、設計を担当したスイスの建築事務所、ヘルツォーク&ド・ムーロンによる写真とドローイング集は、実際の建物よりも面白い。「プラダ青山東京」のプロジェクトがどのように進行したのか、その紆余曲折の経緯が赤裸々に書かれており、日本語訳も付いている。

建設予定地を見た彼らはこう思う。
「付近は多種多様な建物が共存していたので、周囲の環境に合うような建物を建てる必要性からわれわれは全く解放された」
「空き地は全くなかった。ありとあらゆる土地が角から角まで利用されていた」
そして、高くてスリムな目立つ建物にしたいと漠然と思う。
「付近の建物のような、ずんぐりとしゃがんだ格好で街にちょこんとすわっている感じのものは建てたくはなかった」・・・

この本には「プラダ青山東京」に関するあらゆるアイディアが詰まっており、当初のピュアな発想の断片が、どのように具現化したのかを見届けることができる。このプロセスこそが建築の面白さであるならば、完成した建物を見ることの面白さはその何分の一でしかない。

建物の中は実践的な売り場であるから、スタッフにとって使い勝手はいいのかなとか、白い壁やじゅうたんの汚れ対策は大変だろうなとか、建物全体にたちこめる独特の匂いが気になったりしてしまうのだ。まあ、それ以前に、商品に目を奪われてしまうわけだけど―

外の広場に出ると、プラダのロゴ入り紙袋を持った私に、フジテレビのクルーが声をかけてきた。プラダフリークを撮影しようという魂胆らしいが、私のお買い物はこの本だけ。しかも、彼らにとって都合の悪いことには、プラダ製品を1点も身につけていない。
どうして私に?と思って周囲を見回すと、紙袋を手に建物から出てくる人は、とっても少ないのであった。
2003-06-17

『むずかしい愛』 カルヴィーノ作・和田忠彦訳 / 岩波文庫


動揺する快楽。

新しい本を次々に読むことは、1冊の本を繰り返し読むことよりも幸せだろうか?
幸せだと思う、たぶん。
でも、その1冊がカルヴィーノだとしたら?

1950年代後半に書かれた12の短編集だ。
すべてに「冒険」というタイトルがついている。
冒険とは、自分が変わること。
体が変化し、心が動揺する瞬間。
それまでの緻密な記述が、意味を失う瞬間。
言葉で埋めつくそうとすればするほど、大切なものはこぼれ落ち、
饒舌になればなるほど、まだ話していないことが際立ってくる。

「ある兵士の冒険」
兵士が列車の中で女に痴漢をする。彼女は兵士の行為を受け入れるか?拒否するか?安易に結論を出すストーリーづくりの無意味さ、つまらなさが暴かれる。

「ある悪党の冒険」
売春婦とその夫。売春婦の家に逃げる男。彼を捕まえる男。悪党なんて、どこにもいないし、逃げ切ることと捕まることの間にも、たいした違いはない。

「ある海水浴客の冒険」
泳いでいる最中に水着をなくした女の羞恥心と孤独。そして、その後の希望。どちらもすぐに消えてしまう。旅って、むなしい。

「ある会社員の冒険」
夢のような一夜を過ごした会社員。女と別れた後、彼女に恋したことに気付く。だが、言葉に置きかえはじめたとき、それは絶望に変わる。

「ある写真家の冒険」
写真を撮りたがる人々を軽蔑し、反写真論を展開する男が、次第に写真にのめりこんでゆく。頭でものを考えながら、身体は別の変化を遂げるのだ。すべてを撮り、すべてを捨てようとしたギリギリの瞬間、彼は真実を悟る。この短編は、映画だ。

「ある旅行者の冒険」
愛する女のもとへ向かう男。旅のプロセスと夢のような時間との間に横たわる眩暈のような断絶。誰もが、こういう2つの時間を行き来しているのだろうか。だとしたら、おかしくならないほうが、どうかしている。

「ある読者の冒険」
海で女と出会い、読書の快楽を台無しにされる男。身体は知性と相性が悪く、現実はロマンを着実にむしばんでゆくのだ。

「ある近視男の冒険」
メガネをかけると風景が変わり、人生が変わる。でも、実は何も変わらない。それは、彼の人生で最後のときめきだった。何かのせいで人生がつまらないと考える男のつまらなさ。

「ある妻の冒険」
上流階級婦人の不倫。彼女の中の意識を変えたのは、一夜を過ごした相手ではなかった。彼女はそのことを、体で理解する。

「ある夫婦の冒険」
ある夫婦のすれちがい生活。満たされない日々の中にこそ、愛はあるのだ。愛ってむずかしい。

「ある詩人の冒険」
愛の言葉を書いたことのない詩人が、美しい恋人の肢体を見つめながら沈黙する。幸せは言葉にできないのだ。だが、苦悩を目にすれば、いくらでも言葉があふれ、世界は真っ黒に埋め尽くされる。

「あるスキーヤーの冒険」
奇跡とは、選ばれた人が、無限の選択肢の中から選びとったもの。だから、奇跡だけを目撃していればいい。
2003-06-06

『D.I.』 エリア・スレイマン(監督) /


わからない。わらえない。ありえない。

「パレスチナをD.I.で初めて体験するのは、生まれて初めてふぐを食べるような体験に似ているかもしれません。パレスチナには、やさしい景観があり、ちっぽけな魂があり、ほとんど透明で、見ればひと目で見渡せてしまいます。そこで生きようと思えば生きることもできるし、生きれば愛おしくもなります。そうしたいと思われる方は、ぜひどうぞ。ただし、毒にはあたらないように、お気をつけて・・・」

監督の日本へのメッセージだ。カンヌでの記者会見では、パレスチナで全部撮影できたのかと聞かれ「シューティング(撮影)は全部はできなかった。イスラエル軍がシュート(銃撃)していたからね」と答えたそう。

監督演じる男はイスラエル占領下の東エルサレムに住み、彼が愛する女はパレスチナ自治区のラマラに住む。イスラエルとラマラの間にはイスラエル軍の検問所があり、女はエルサレムに入れない。そんな2人は、検問所の駐車場の一角でデートを重ねる・・・

単純なストーリーだが、こういう状況にリアリティを感じるのは無理だ。ラマラってどこよ?検問所って何よ?っていうか、誰がパレスチナ人で誰がイスラエル人なわけ?

映画で描かれるパレスチナの日常は、同じことの不毛な繰り返しだ。穴を掘ったり、壁をこわしたり、ゴミを他人の家に捨てたり、ひたすら掃除したり。サッカー少年の蹴るボールはズダズタにして返され、それを無表情で見守る人がいる。こわれればつくり直し、やられたらやり返し、家に火をつけられれば淡々と消火作業をする。主役の男女は、最後までひとこともしゃべらない。

こんな調子だから、悩殺美女やアラファト議長の顔が描かれた風船が検問をあっさり突破するシーンは爽快だし、パレスチナの女忍者がイスラエルの兵士たちと戦うスペクタルシーンには大爆笑!とまとめたいところではある。実際、パレスチナでの上映では大受けだったそうだし。だけど、これらのユーモアはあまりにも正当派すぎて、平和な国の成熟した(弛緩した)ギャグに慣れてしまった部外者の私には笑えない。

男がアンズをかじり、種をクルマから捨てると路肩の戦車が爆発するが、種を捨てた本人はポーカーフェイスのまま。暴力に対抗する武器は、ポーカーフェイスでありアンズの種であり、風船や悩殺美女や女忍者なのだ。圧倒的に正しく懐かしいファンタジー!

私が唯一笑えたのは、夜の検問所でやりたい放題の検問をする将校の演技。イスラエルの有名タレントが演じているらしいが、支配者と被支配者の構図を骨抜きにする傑出したキャラクターだ。

「D.I.」の意味はDIVINE INTERVENTION(神の介在)。自由になるためのイマジネーションを意味するという。イマジネーションさえあれば、愛はどんな困難な壁も通過するのだろう。アカデミー賞の外国語部門は、パレスチナは国として認められないという理由で、この映画をノミネートから排除したそうだけど。

選曲のセンスのよさは驚きで、世界的なトレンドの気分を反映しながらも新鮮。
美女や風船のように、音楽は国境をさらっと突破してしまうのだ。

*2002年 仏・パレスチナ合作パレスチナ映画
*カンヌ映画祭審査員賞受賞
*渋谷・ユーロスペースで上映中
2003-06-02

『BULLY(ブリー)』 ラリー・クラーク(監督) /


取り返したくない、取り返しのつかない10代。

コロンバイン高校の銃乱射事件とならび全米に衝撃を与えたといわれる、1993年、南フロリダで起きたボビー・ケント殺害事件。映画化したのは、ティーンエイジャーの生態を撮り続け、95年に「KIDS」で監督デビューした写真家、ラリー・クラークだ。

いじめっこのボビーを殺したのは、親友のマーティを含むティーンエイジャー7人だった。

ローマの貧しい若者を撮ったパゾリーニの「アッカトーネ」(1961)を思い出した。国も時代も経済状況も違うけれど、若い世代の圧倒的な現実感があふれている。鬱屈しているのでもなく、退屈しているのでもなく、ハチャメチャに壊れているというわけでもなく、ビジョンなく、ただひたすら現実と向き合っている感じ。こういう「動物としての人間」を自然にフィルムに収めることができる人は、パゾリーニとラリー・クラーク以外、思いつかない。

ティーンエイジャーに明確なビジョンなんて、あるわけがない。生活、将来、世間体・・・ビジョンがあるのは、頭で考える大人だ。ティーンエイジャーは、親が選んだ土地に、仕方なく住んでいるだけ。大人の体をもてあましながら、街と家に監禁されているといっていい。輝くような夏の光の中、ぶらぶらしていても、本当の自由なんてない。適当にバイトしたり、ナンパしたり、アブナイものに手を出したり、波に乗ったり、オープンカーでつるむしかない。ほかに、何かやるべきことでも?

殺されるのは、父親にビジョンを押しつけられるボビー。主犯は、引っ越したいと言っても父親にとりあってもらえないマーティ。ティーンエイジャーから見た親は、動物から見た人間だ。頼りたいし、頼るべきなのだけど、最終的には頼れず、噛みつくしかない存在。殺人の発覚を恐れるマーティは、幼い弟に自分のピアスをつけてやり、抱きしめる。逮捕され、警察のクルマで去っていく彼を見送るのは、マーティにそっくりなこの弟だけ。彼も、もうすぐ兄と同じ世代になる・・・。

マーティを含む男4人女3人のグループは、見事に役割分担し、殺人のシナリオを進めていく。というのは嘘で、一見大人びている彼らも、犯罪に関しては、あまりにも詰めが甘い。この経験のなさ、考えの浅さ、キレ方やビビリ方こそがティーンエイジャーの真髄。生々しく、痛々しく、しびれる。私は、大人の完全犯罪なんかに、興味はない。

7人には、懲役7年から死刑まで、さまざまな判決が下される。不定形のものを四角いものさしで裁くことは、どんな意味をもつだろうか?

キャスティングに魂をこめたとき、映画は、もうひとつの現実になる。適当な10代を選んで、その場で裸にして、セックスさせたってダメなのだ。それは違う。ありえない。パンフレットには、フロリダの湿地帯で発見されたボビーの死体写真や加害者の7人の顔写真まで掲載されているのだが、これを見ると、映画がいかに真実に迫っているかがよくわかる。

ボビーとマーティの関係について、監督が語った言葉が印象的だ。
「まあ、真相はわからないが。きっと本人たちにもわかるまい」
わからないものを撮るためには、わからないまま溶け込むしかない。若者への愛が、映画を撮らせるのだろう。

無防備なティーンエイジになんて、ぜったい戻りたくないなと思う。
ビジョンを抱えてしまった私たちは、戻りたくても、ぜったい戻れないわけだけど。

*2001年アメリカ
*シネセゾン渋谷で上映中
2003-05-22

『バカの壁』 養老孟司 / 新潮新書


脳は、高級じゃない。

自分の恋人は、自分の知らない場所で、どんなことをしているのか?
これを頭で考えはじめると、トラブルのもとになる。

浅野智彦氏(東京学芸大助教授・社会学)らがおこなった、16~29歳の意識と行動についての調査結果(朝日新聞5月7日)によると、10年前と比べ、ますます多くの若者が、複数の顔をもつ自己、一貫性のない多元的な自己を、違和感なく受け入れつつあるという。「場面によって出てくる自分は違う」と答えた人は、一定だと考える人に比べて、携帯やネットで知り合った人に会いに行くことが多い。「その場限りの顔」と「素顔」との差がリアルに感じられなくなってしまっているのだそう。

一貫性がない(ように見える)というのは、致命的なんじゃないだろうか? 言い訳をしてでも、ビシッと筋を通すのがマナーじゃないの?と私は思うけど、なんだか違うみたいだ。ということは、ある人の言動の重みや、それが素顔なのかその場限りの顔なのかは、本人にも、目の前の人にも判断できないってことだ。まじ?

「バカの壁」は、まさに、そのことを危惧した本。
「人間は変わるが、言葉は変わらない。情報は不変だから、約束は絶対の存在のはずです。しかし近年、約束というものが軽くなってしまった」

「大学生を見ていて、ここ二、三年で非常に目立つ現象があります。私が、一時間目の講義に行くと、既に机の上に突っ伏して寝ている学生が結構いるのです。放っておいて一時間半講義してもまだ寝ている。一度も目を覚まさない。これがなかなか理解できない。私が喋っているのを聞いて退屈だから寝たというのなら、残念ではあるもののよくわかる。しかし、彼らはもう最初から最後までひたすら寝ている」

わかるような気がする…。似たような光景も、よく目にする。会議の間ずっと、携帯で話をしているかと思うと、そのまま出て行って戻ってこない人がいる。会社にいる間ずっと、インターネットやメールをやっている人がいる。彼(彼女)は一体どこにいるのだろう?

机に突っ伏して寝ている大学生は起きないし、教授も彼を起こさない。彼(彼女)は、最初から、そこにはいないのだ。

いつからか、人は、その場にいないことを許されるようになった。携帯やメールですぐに連絡がとれるのだから、約束したり、無理に参加したりする必要がない。「いま」「ここ」の意味が希薄になっている。

著者が薬学部の学生に、イギリスBBC放送が制作した出産ドキュメンタリー番組を見せたところ、女子の感想は「新しい発見が沢山ありました」というのがほとんどで、男子の感想は「そんなの知ってましたよ」だったという。細部に目をつぶって「知ってましたよ」というのは、一種の思考停止状態で、自分が知りたくないことについて自主的に情報を遮断しているんだって。つまり、これが「バカの壁」。

脳は高級なものではなく、計算機にすぎないと著者はバッサリ。都合のいいように情報を受け入れたり拒否したりしている限り、自分と違う立場のことは永遠にわからないし、話も通じない。

「『個性』は脳ではなく身体に宿っている」
「知るということは、自分がガラッと変わることです」
「他人のことがわからなくて、生きられるわけがない」
「身体を動かさないと見えない風景は確実にある」

脳のスペシャリストが語る身体論だ。
「いま」「ここ」を感じることができなければ、いつ、どこで、何を見ても、何も感じないだろう。
遠い国のために奉仕活動をしても、目の前の大切な人を傷つけていたとしたら本末転倒。
大切なことを理解するのは、脳ではなく、身体なのだ。
2003-05-17

『殺人に関する短いフィルム/愛に関する短いフィルム』 クシシュトフ・キェシロフスキ(監督) /


恋愛と絶望の分岐点。

1987~1989年にかけてテレビシリーズとして企画された「デカローグ」。その第五話のロング・バージョンが「殺人に関する短いフィルム」(1987年/85分)で、第六話のロング・バージョンが「愛に関する短いフィルム」(1988年/87分)だ。2本とも、オリジナル・バージョンの完成度の高さを損なうことなく描写に深みが増しており、ポーランドという国の凍えるような空気感に魅了されずにはいられない。

「殺人に関する短いフィルム」には、無差別殺人と死刑という、救いようのない2つの殺人が描かれている。主役のヤツェクは当初「キレてる若者」に過ぎないが、死刑の直前、唯一自分のことを名前で呼んでくれた弁護士に、自分の物語を告白する。

この告白で思い出されたのが大阪の児童殺傷事件で、8人の命を奪った宅間被告は、裁判で「たまたま出会ったヤツに不愉快な思いを散々させられてきたから、関係のない人間を襲うのは自分の中では正論だ」 「自分(が被害者)ならば謝罪されても何とも思わない」と言い放った。

私はまた「女の部屋に侵入して強姦し、金品を奪って逃げる」というような、よくある事件を思い出した。金がある男なら金を払ってSEXをするはずだし、魅力のある男なら女を口説いてSEXするはずで、どちらも持たない男は、金と女を同時に奪っちゃったりするのである。目的はどっちなんだ?どっちかにしろよ!と長年の疑問だったのだが、ある人に質問したら「悪い奴は悪いことを全部やるのだ」という簡潔な答えが返ってきた。

無政府状態になれば、抑圧された人々は、往々にして略奪や暴力に走る。人は何かに飢えたとき、そこに規則がなければ、欲望のまま他人のモノを奪う動物なのだ。規則があったとしても、愛とコミュニケーションの手段を喪失してしまったら、それを守る意味は見出せなくなるだろう。

監督は言う。「私はモラルには興味がない。興味があるのは美と感情だ。しかし、もっとも大事なのは愛だと思う。愛を失ったら、生活は指の間からこぼれ落ちてしまう―」

それでは、どんなところに愛は生まれるのか。「愛に関する短いフィルム」の場合、向かいのマンションを望遠鏡で「のぞき見する少年」と、かなり年上の「のぞき見される女」との間に愛が生まれる。簡単にいえば「ストーカー」vs「悪い女」。犯罪的コミュニケーション以外は成立しそうにない関係だが、こんなところに、実はもっとも純度の高い恋愛コミュニケーションが宿るのだから、人生は希望に満ちている!

少年は、女にのぞきを告白し、軽蔑される。だが、女がそのことを自分の彼氏に告げ、激怒した彼氏が少年のマンションの前に立ち「どこのどいつだ、出て来い!」と叫ぶとき、少年はへろへろと階下に降りてゆき、ぼこぼこに殴られるのである。

一緒にアイスクリームを食べたいとしか要求していない少年を、女が自室に招き「世間で言われている愛の正体」を教えるシーンも忘れがたい。少年は傷つき、自殺未遂をはかるのだが、この事件により、2人のコミュニケーションはさらに加速する。

女に翻弄される少年のナイーブさはもちろん、少年の言動の意外性にそのつど心をうたれ、変化していく彼女がすばらしい。恋愛とは、格差や嗜好を超えて、互いに変化することなのだ。

*Bunkamuraル・シネマ「キェシロフスキ・コレクション」にて上映
2003-04-30

『チコ』 フェケテ・イボヤ(監督) /


グローバリズムよりオープンな、ローカリズム。

前作の「カフェ・ブタペスト」(1995)以来、この監督の次の作品を待っていた。こんな映画、見たことがなかったから。そして、監督の顔写真が、あまりにかっこよかったから。

「カフェ・ブタペスト」には、社会主義が崩壊し、熱狂するブタペストとそこを訪れる若者や情報屋やマフィアが描かれていた。民族と言語と情報が交差する中、ソ連を脱出して西へ向かうロシアのミュージシャン2人と、西から刺激を求めてやってきたイギリスとアメリカの女の子2人が、ハンガリー女性が経営する安宿で出会う。通じない言葉のかわりに吹かれるサックス。そして、4人の「旅先の恋」のゆくえ―
ある時代のある地域でのみ獲得できる越境的な視点。それは、いわゆるグローバリズムとは一線を画す「開かれたローカリズム」なのだった。

監督は、フェケテ・イボヤというハンガリーの女性。タバコに火をつけようとしている彼女のポートレートは、まるでエレン・フォン・アンワースが撮ったキャサリン・ハムネットの写真みたいだ。

そして、ようやく「チコ」(2001)がやってきた。今度は、女と恋愛の出番が少ない戦場映画。しかも「この映画はフィクションとドキュメンタリーが一緒になったフィクショナルフィルムである」などという人をくったようなクレジットが最初に流れる。

たしかに過去を回想するというフィクションの王道形式なのだが、主役のチコを演じるエドゥアルド・ロージャ・フロレスの生々しい存在感のせいで、彼自身の人生を取材したドキュメンタリー映画としか思えない。それとも、ハンガリーには、こんなすごい俳優がいるのか?

ネット上で見つけた監督のインタビューで、ある程度のことがわかった。彼が「カフェ・ブタペスト」の出演者の一人(ロシア人闇市場のチェチェン・マフィア)であったこと。アマチュアの俳優である彼のキャラクターに着目した監督が、その人生をフィクション化したのが「チコ」であること―
彼はスパニッシュ・ハンガリアンであり、カソリック教徒のユダヤ人であり、共産主義者になるための教育を受け、クロアチア戦争では武器を手にして戦った。この映画は、そんな彼の混沌としたアイデンティティ・クライシスをテーマにした「イデオロギーのアドベンチャー映画」なのだという。

映画の中の彼は、ボリビア人とユダヤ系ハンガリー人の間に生まれ、ボリビアの政変によりチリに移住し、軍事独裁が始まるとハンガリーに亡命し、ゲバラに憧れて青年共産党に入る。軍人を志望し情報部に配属されるが、権威主義にうんざりしてジャーナリストになり、遂には武器をとる―

切実に何かを探し、移動を続け、サバイバルを繰り返す人間が、最後に守るものは何か?多くのものを溜め込んでしまった人や国には、思い出すこともできない感覚だ。カルロス・ゴーンは「家族がいるところが我が家だ」と書いていたが、チコには子供もない。仲間のいなくなったかつての戦場を訪れるチコの姿に、「風が土をさらうだけ」という切ない歌詞が重なって映画は終わる。風と土。ザッツ・オール。すべてが失われた後の風景には、答えなんてない。

監督は、より本質に肉迫するためにフィクションという手法を選んだのだろう。本質への近道。それは、安易に答えを出したり説明したり誘導したりしないことに尽きると思う。

*2001年 ハンガリー
*4月6日ハンガリー映画祭にて上映
2003-04-14

『セザンヌの山/空の細道』 結城信一 / 講談社文芸文庫


美しさは、暗い思考の中に。

「今すぐ解決しなければならない税金の問題があったり、ラジオから戦争をやりたそうな政治家の声が流れてきたりして、心がざわざわ落ち着かない。でも、そんな時こそ詩集を開くと良いことが、荒川洋治の『空中の茱萸(ぐみ)』(思潮社、一九九九年)を読んでみて分かった」と多和田葉子が日経新聞(3/23)に書いていた。

「自分の中にとじこもって勉強する時間と、世間に出て無理解の壁にぶつかる時間との間の緊張感が失われると、ものが見えにくくなってくる。壁はあっていいのだ。良心的に努力すれば詩の力で戦争をとめられるだろうとか、うまく話せば誰にでも文学論を三分で理解してもらえるだろう、などという甘えを捨てて、まず壁があると認めてしまう。壁のこちら側でコツコツ勉強して、時々勇気を出して人間のいる場に飛び込んでいく。(中略)情報社会でも自然に流れ込んではこないことを調べるのが勉強ということなのだろう」(同上)

詩集を開くつもりで私がたまたま手にとったのは、結城信一作品選「セザンヌの山/空の細道」だったが、巻末の解説を荒川洋治が書いていた。つながっている!

結城信一(1916-1984)は寡作な人で、作品集が1冊の文庫にまとまるのは2002年のこの本が初めて。「萩すすき」という短編が、地味な創作姿勢を象徴している。

「二時間かかって、半枚しか進まないことが往々にある。その半枚を、直したり消したり、また書加えたりし、遂には二時間で一枚書ければ上等である、とさえ思うようにもなる。私は以前に、毎日少しずつ書いて、やがて五十枚で纏ったとき、何か鼻筋が通りでもしたように爽やかだったが、それをしばらく臥かせておいてから、改めて読返してみて、愕然とした。その作品が、あきらかに失敗していたのを、痛切に知ったからである。自分の書いたものはもとより、ひとの本を読むのも厭になった。ひとに会うことすら避けたい気分になった」

山小屋で暮らす作家のネガティブな思考が延々と続くが、彼は、20年前に亡くなった妹の遺稿集を編んでくれないかと友人に頼まれるのである。楽しげな恋人たちを眺めながら18歳で死んだ「慶子」への思いを綴る「蛍草―柿ノ木坂」も秀逸。

「あなたのことを思えば、私は、やはり一日延ばしにでも『死』を先へ先へとのばしておきたいのです。私が死んでしまえば、私たちの愛も終り、そのまま永久に消え失せてしまうでありましょう。あたかも、はじめからこの地上にはなかったもののように」
「こんなに消え入るように淋しくて悲しいのは、もうあなたから何ものを得ようとしても得られない虚しい焦慮からではありませんか。私はこの手応えのない焦慮の中に生きてゆくのでありましょうか。そしてこの苛立たしい思いだけが愛というものの姿なのでしょうか」

12編の中からひとつだけ選ぶなら、たった4ページで淡い夏の恋を鮮やかに切り取った「西瓜」。

「西瓜が好きだったから、家のあちらこちらに西瓜を置き、どこに行っても西瓜の顔が眺められるようにしておいた。ときどき私は、そのなめらかなまるい顔をなでてやり、友達のように話しかけてやった。その西瓜の数が少くなってゆくと、友達が一人減り二人減りしてしまったように淋しくなる。(中略)いっぺんに五つも六つも買込むのだ。なにしろ、西瓜はとてもやすかったから。(中略)私の友達は、海水浴の若者たちの中にはいなくて、小さな家の中や、井戸の中にいた」

やがて「私」は、西瓜売りのおばあさんが連れてきた少女の一人を好きになる。たいしたことは起きないけれど、そこから喚起されるイメージは、あまりに儚く美しい。
2003-03-31

『イラク戦争を問う』 川村晃司 / 朝日新聞 3/22


メディアは無気力の源泉?

3月22日の朝日新聞オピニオン欄「イラク戦争を問う」への寄稿の中で、テレビ朝日コメンテーターの川村晃司氏(カイロ、ニューヨーク特派員を経て現職)が、アメリカとイラクのメディア操作の例を挙げていた。

「アメリカはベトナム戦争での経験から、メディアを味方につけることの大切さを学んだ。世論を動かすことを目的としたメディア操作に関しては、イラクよりはるかに洗練されている。湾岸戦争の時には、クウェートの若い女性が米国議会で、涙ながらに証言に立ち、『イラク兵が保育器の中の乳児を投げ出して殺した』と語り、国際世論を大きく動かした。この証言はクウェート政府がスポンサーとなり、米国の広告代理店が駐米クウェート大使の娘をモデルに使って演出した嘘の証言だったことが1年半後に明らかになる。しかしその時には、軍事戦略上の目的は完全に達成された後だった」

「一方、イラク側はアメリカの非人道性を訴えるため、400人以上の民間人が犠牲になったバグダット市内のシェルターと、化学兵器工場とされて爆撃を受けた粉ミルク工場に外国メディアを案内した。シェルターには黒こげとなった婦女子の遺体が並んでいた。私を案内してくれた検閲官は涙を流し、赤ん坊の遺体の脇で嘔吐していた。この時私は初めて検閲を受けずにリポートすることができた。しかし、粉ミルク工場とともに破壊された隣接工場については説明がなされず、取材も拒否されるなど不自然な印象が残った」

「『従軍記者』と『戦場記者』は異なる。最大の違いは、現場が語りかけてくる事実と多角的に向き合うことができるか否かという点であろう」

「最近のメディアの傾向として心配なのは、国益と地球規模の公共の利益とが衝突した場合の選択である。9・11事件以降の米国では、そして最近の日本では、それが大きく『国益』のほうにぶれていることに、大きな不安を感じている」

「戦争報道の難しさは、個々の記者には全体が見えないというところにある。戦場記者の役割は、爆弾の向こう側にある真実を瞬間の歴史家として記録に残すことだ。ジャーナリズムがナショナリズムに組み込まれてしまうのを防ぐ、孤独な闘いを続けることでもある」


テレビの報道を見ていると、つい全体を見ているような気になってしまう。同じ国の人は、だいたい同じことを考えているんじゃないかとも思えてくる。「真実の瞬間」や「孤独な闘い」とは対極の世界だ。同じ映像が何度も流れ、思考能力を麻痺させていく。孤独な闘いを続ける戦場記者の記録を、できるだけレアな形で受け取りたいのだけど・・・

「わたしたちはドラマチックなお話に囲まれて暮らしている。殺人、誘拐、爆発、自殺、戦争。いつも似たような文体や語彙を使って血みどろの出来事が耳に入ってくる。聞いている方はやがてそれにも慣れてしまって、より大きな刺激を求めるが、流れる血の量が増えても退屈するばかりなのは、それを捕らえる言葉がワンパターンで、細かなところまで違いを見極めて、事物そのものに迫るだけの質を失っているせいかもしれない。どんな出来事も一回しか起こらない。似た出来事はあっても、同じ出来事はない。磨かれた言葉だけが、その一回性をとらえることができる。言葉が大雑把になっていくと、感じ方も考え方も後退していき、やがて人間そのものが無気力になっていく」<多和田葉子(半歩遅れの読書術―3月16日/日本経済新聞)>
2003-03-24

『ローリング・ストーンズ JAPAN TOUR 2003』 THE ROLLING STONES /


真横から目撃した奇跡。

ストーンズの日本公演に関する記事をいくつか読んだけれど、ふーんという感じだった。だが、3月13日の日経新聞夕刊に掲載されていた渋谷陽一のライブレポートは違った。それまで私が読んだ記事には「何も書かれていなかったんだ」と気がついた。

10日の武道館ライブについてのそのレポートを14日夜に読み、いてもたってもいられなくなった私は、15日夜、翌日の東京ドーム公演のチケットを買った。ストーンズのライブに行くのは二度めだし、ロン・ウッドとチャーリー・ワッツはソロで来日したときも見に行ったが、いずれも10年くらい前のことだ。

渋谷陽一はこう書いていた。
「一九九〇年の初来日の時、複数のキーボードで厚く装飾された音に守られて演奏するストーンズに本来のロックらしいグルーヴ(ノリ)は感じられなかった。あのストーンズでさえ、こうして衰弱していくのか、と悲しかったことを覚えている。それから彼らは今回を含め四回来日しているのだが、年々サウンドはシェイプアップされ、グルーヴを増してきた。平均年齢が六十歳になろうとするバンドが年々成長し、グルーヴが若々しくなっていくのだ。あり得ないことだし、ほとんど奇跡といっていい」

私は、ステージの真横に設置された「最後のS席」から「あり得ない奇跡」を目の当たりにした。

1曲目の「ブラウン・シュガー」からアンコールの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」まで、セットも音も構成もタイトだった。ミック・ジャガーのスレンダーなボディ、腕を前に突き出す独特のポーズ、張りのあるヴォーカル、エネルギッシュな動き、「みんな、どお?」といった日本語に、私は釘付けになった。スプリングコート風のロングジャケットやブライトカラーのシャツやノースリーブのインを自然に脱いだり着たりした。最後はピンクのシャツだ。こんなにシンプルでセンスのいい服を、女の子のようにさらっと着こなし「まねしたい」と思わせてしまう59歳の男が一体どこに?写真や映像で見るよりも、そして10年前よりも、彼は明らかにチャーミングだった。

チャーリー・ワッツのパワーも相当なものだったし、ロン・ウッドは相変わらず少年のように飄々と楽しんでいた。キース・リチャーズのソロは声もかすれており、ギターも最初と要所だけ弾くといった感じだったが、エモーションの伝わり方はただごとではなかった。彼が最前列のファンに近づき、ひざまずいて声援にこたえる姿を見ているだけで、どきどきしてしまう。

正面のスクリーンもまともに見えない位置だったから、生身の彼らを見るしかないし、音だってスピーカーの後ろから聴いているようなものだ。おかげで、ステージの前後の広がりやメンバーたちの「無意識」をバックステージから眺めるような面白さがあった。

私はその夜、1968年にゴダールが撮った「ワン・プラス・ワン(sympathy for the devil )」のビデオを見直してみた。「悪魔を憐れむ歌」ができあがっていくレコーディングのプロセスと、当時の政治状況を彷彿とさせる革命劇を1+1として編集した奇跡的な映画だ。当時の服、クルマ、スタジオのインテリア…すべてが鮮やかな色調で、今見ると「おしゃれでかっこいい映画」としか思えない。

そこには、20代のミックとキースとチャーリーが映っていた。スタジオ風景のほとんどが1シーン1カットで撮られているためか、彼らはカメラを意識しているようには見えず、ごく自然に音合わせをしている。「今日の彼らとほとんど同じじゃん!」と私は思った。

*JAPAN TOUR 2003/3月21日まで
2003-03-18

『戦場のピアニスト』 ロマン・ポランスキー(監督) /


感動を強要しない描写。

ナチスドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発した1939年。ワルシャワのユダヤ人はゲットーと呼ばれる居住区に移され、ドイツ兵とユダヤ警察による虐殺行為に脅える日々を過ごした―

「戦場のピアニスト」は、シュピルマンという一人のピアニストが、こんな時代をどう生きのびたのかを、彼自身の回想録をもとに淡々と描写する。

「ザ・ピアニスト」という原題が示す通り、これは職業についての個人的な映画だ。「ザ・ジャーナリスト」でも「ザ・コック」でも「ザ・タクシードライバー」でもいい。戦場において自分の職業はどうなるのか? ピアノのないピアニストは、ペンのないジャーナリストは、食材のない料理人は、クルマのない運転手は、戦場で何をすべきなのか? 考えてみる価値がある。

シュピルマンは、ユダヤ系ポーランド人である前に、マッチョなオトコである前に、ピアニストだった。ユダヤ人かと訊かれれば言葉を濁すしかないし、肉体労働も満足にできないが、仕事はと訊かれれば極限状況においてもピアニストと答えることができた。彼を2000年(88歳)まで生かしたのは、そんなピュアな職業意識だと思う。有名なピアニストであることなど戦場では何の役にもたたず、ただ逃げ隠れするだけのひ弱なシュピルマンだが、それこそが彼の個性であり生き方だった。家族全員を失っても、死の淵をさまよっても、再び演奏することへの希望を捨てなかったから生きのびることができたし、運命は彼にそれを許したのだろう。

隠れ家に潜伏し、音を立てることすら叶わぬ状況の中、シュピルマンは空想の中でピアノを弾く。誰にも犯すことのできない聖域としての想像力は美しく、あらゆる職業への強い肯定感を与えてくれる。彼がドイツ軍将校に命じられるまま、廃墟と化した町の空き家で2年ぶりにショパンを弾くシーンも忘れがたい。シュピルマン役を見事に演じ切ったエイドリアン・ブロディもまた、どんな非常事態においても俳優として生き続ける力を得たにちがいない。

シュピルマンは、戦争が終わったら再びラジオで生演奏の仕事をするとドイツ軍将校に伝え、将校は、必ずラジオを聴くよと言う。だが、こんなふうにシュピルマンを助けたフレンドリーな将校でさえ、聖人として描かれるわけではなく、ドイツ軍の敗北により捕らわれの身になれば、かつて助けたシュピルマンに恩返しを求めるようなリアリティのある人物として描かれるのみだ。感動という言葉が似合わない抑制のきいた描写は、この映画の最大の美点だと思う。

シュピルマンは、そんな彼を救うべく、ポーランドの権力者に直談判したが要求は果たされず、将校はソ連軍の戦犯収容所で亡くなったという。

事実には、教訓もオチもない。将校は1952年に死に、ピアニストは2000年まで生きた。二人とも、もういない。私は、ポーランドで同様の体験をしたという監督がすみずみまで共感したのであろうピアニストの個人的な記録を、ひとつの歴史として素直に受けとめることができた。

*2002年 ポーランド、フランス合作
*カンヌ国際映画祭パルムドール受賞
*全国各地で上映中
2003-03-15

『リトル・バイ・リトル』 島本理生 / 講談社


校生作家がまともに描く、まともでない食事。

経新聞夕刊のコラム「旬の一句」(2/22付)で、女子高生の文章が紹介されていた。
著者が勤務する高校では、毎年オーストラリアに交換留学生を出しており、ホームステイ後にレポートを提出させているのだ。

「さてさて始まりました16歳の旅。入国検査はマジでめっちゃ大変!英語でペラペ~ラと言われて目がハテナになった…(☆○☆)(いっちゃん大ぴ~んち!)ほいでもなんとか通過して、やっと入国できたぁ~と思い、胸を弾ませ外へ出ると私のホストが!!!いなかった…(負けるな!)着いてバスから降りるとホストがいた。(おせ~んだよ!)(冗談♪ちょい本気)おっと、ここでマイホストを紹介しておこう◎彼女の名前はNyta、彼氏は募集中。(紹介終わり)ラリア(オーストラリア)のナマリは思った以上に意味プーだった…(×○×)ほぇ~。しかし、わけも分からず、Yes,Yesと言って乗り切った。ってかラリアは想像以上に寒かった…」

これを読んだ国際理解教育部長なる人物は激怒したそうだ。著者はこうコメントする。
「若者たちは、寸暇を惜しむように、メールのやり取りに没頭している。このレポートには、その影響があきらかだ。この生徒は、ふざけているのではない。これが、今の女子中高生たちの日常的な言語感覚なのだろう」

なぜ、この文章が激怒の対象になるのだろう。十分に面白いし、臨場感が伝わってくるではないか。私も携帯メールでは同じような文を書いており、公開しないという点のみが唯一の違いだ…などと考えていた矢先、高校生作家の芥川賞候補小説「リトル・バイ・リトル」のあとがきを読んで驚いた。

「明るい小説にしようと、最初から最後までそれだけを考えていた。淡々と流れていく日々を照らす光を書きたかった。この小説の中で主人公をとりまく状況は少し困難なものかもしれない。けれど、そういう状況に対抗できる唯一の手段は明るさではないかと思う。大変なときに笑っていられるだろうかと思われるかもしれないが、大変なときにこそ笑っているべきだと、笑うこと以上に人間を裕福にできるものはないと、私は信じている」

何てまともな文章だろう。まともすぎて面白みがない。しかし、私はそのことに驚いたのではなく、彼女が意図したような「明るさ」や「笑い」をこの小説から受け取ることができなかったことに驚いたのだ。つまり、このあとがきは、実は相当面白いのかもしれない―

「リトル・バイ・リトル」には食べ物がたくさん登場するが、いまひとつ美味しそうではない。

「ポケットに手を入れると、中から裸のサンドウィッチを取り出した」「1週間前のフランスパン」「少し焼きすぎた豚肉のショウガ焼き」「カキフライの三倍は量がある山盛りのキャベツを前にウサギになったような気がしながら重い胃にごはんを少しずつ入れた」

食べたばかりなのにまた食べなければならない、というシーンが多いのも異常。「周といるときは、いつも食が充実している気がする」などと「私」は言うし、「私」の不器用な料理に対し「この一ヶ月の食事の中で、きょうの夕食が一番おいしいです」などと周は言うが、私がこの小説から受け取ったのは、食にまつわる痛々しい空気に他ならない。何でもありの現代において、食生活をどうするかというのは大問題。「幸せな食事」を日々実現するのは、ものすごく難しいことなのだ。

携帯メールの文章が、限定的なコミュニケーションのための厳密なルールに基いているのに対し、小説の文章には、そのようなルールがない。まともな文章とは、より自由な広がりをもつ文章でもあるのだと、当たり前のことを私は思った。
2003-03-04

『アレックス』 ギャスパー・ノエ(監督) /


最低な男たちの、リアル。

壮絶な暴力シーン。
リアルなレイプシーン。
逆行する時間。

この映画の特長とされる3つの点については、特に印象的ではなかった。暴力シーンは壮絶じゃないし、レイプシーンはリアルじゃない。時間を逆行させる意味もないんじゃないかと思う。もう少し普通に撮ればいいのに。狙いすぎだし、加工しすぎだし、お金をかけすぎだ。

冒頭、2人の男がゲイクラブの上のホテルの部屋で交わす会話は、とてもいい。
娘と寝た罪で刑務所に入り、すべてを失った男は言う。
「時はすべてを破壊する」
もう一人は言う。
「悪行なんてない。ただ行為があるだけだ」

前作の「カノン」とまったく同じ考え方だ。すばらしい。同じエンターテインメントなら、「カノン」のようにシンプルなほうがいい。話題性を獲得し、収益を増やすためには、人気俳優をカップルで起用したり、画面をもたせるための編集や加工をすることが必要なのだろうか。そのことが作品をつまらなくする要因となっているのだとしたら、残念なこと。

この映画は「幸せに愛し合っていたアレックスとマルキュスなのに、レイプ事件によりすべてが破壊されてしまった」という悲劇のストーリーのように一見みえるが、そうではない。アレックスの恋人マルキュスも、元恋人ピエールも、レイプ男テニアも、全員が同じくらい最低なのであり、「強姦」と「愛の行為」は同質なのだ。このことを発見すると、この映画は少し面白くなってくる。「悪行なんてない」という冒頭のセリフが生きてくる。

アレックスがレイプされたのは、彼女と一緒にパーティに来たマルキュスとピエールが、先に帰ってしまった彼女を送っていかなかったからだ。あんな挑発的なパーティファッションの恋人を一人で帰らせてはいけないというのは常識。少なくともタクシーを拾ってあげることくらいはするべきだ。ほかのシーンで彼らの魅力が描かれていればまだ救いがあるが、マルキュスは、彼女をほったらかしてクスリをやったり、ほかの女にちょっかいを出すなどのダメ男ぶりだし、彼女に未練たっぷりのピエールも、マルキュスを恨むわけでもなく、代役を果たすわけでもなく、中途半端にでれでれしているのみ。レイプ事件の後の2人のキレ方も、明らかに筋違いだ。いいとこ全くなし。

3人でパーティに出かける地下鉄のシーンは面白い。彼らは通路を挟んで不規則に腰掛け、公共の場でセックスについてあけすけに語り合う。ピエールは、自分がかつてアレックスを満足させることができなかった理由を知りたがり、アレックスとマルキュスをしつこく問い詰める。2人の男の間で幸せそうなアレックスだが、それらの議論は本質ではなく、2人とも結局は何の役にも立たないダメダメな男たちだったのだという事実が空しく際立つばかりだ。

監督は、暴力シーンの舞台にゲイクラブを選んだ理由をこう語っている。
「映画の大部分を男だけにしたかった。地獄のヴィジョンがゲイクラブなのではなく、男しかいないのが地獄のヴィジョンなのだ」

まさに、女にとって最低な男ばかりが登場する、地獄の映画。

*2002年フランス
*全国各地で上映中
2003-02-19

『インフォアーツ論―ネットワーク的知性とはなにか?』 野村一夫 / 洋泉社


インターネットに、欠落しているもの。

「品性のある技術エリート集団」がつくりあげた市民主義的なオープンでフリーなインターネット文化。その力が一気に失われ、「ダークサイド」が露出し、「暗澹たるテキスト」が氾濫する要因となったのは、「匿名性」「統制主体の不在」「大量性」の3つだと著者はいう。

「ネットが市民を育てる力を失っているとしたら、それはあえて『教育』しなければならないだろう。それゆえ私は『情報教育』にこそカギがあると考えている。ところが話はそうかんたんではない」

著者は、日々の学生とのつきあいの中で、彼らが「クチコミ依存的で保守的」であることを感じている。メールもコミュニケーションもショッピングも携帯でそこそこ間に合わせ、レポートを書くときも、図書館で文献にあたるのではなく、ウェブ上のテキストデータをカット・アンド・ペーストしてつくってしまう。知的土台がない上に、談合的集団行動によって教育的配慮を台無しにするという二重の意味を込めて、著者は彼らを「台無し世代」と呼ぶ。

「こちらとしては、剽窃にならないように出典を明記し、引用と地の文を明確に区別するという作法を強調しているのに、台無し世代はその正反対にはまってしまう。これでは、可能なかぎりオリジナルなソースにあたるという学問の基本からますます遠ざかることになる」

そんな学生たちの態度と呼応するように、「なぜ専門家はネットに出てこないか」が考察される。

「ネット上での関連テーマに関する言説には専門家以外の多くの人びとがかかわるので、言説が無数に存在することになる。専門家の流儀にしたがって、これらをチェックした上で、リンク集を作るなり、反論するなり、情報提供するなりのことをするには、あまりにも手間ひまがかかることになる。しろうととしてであればかんたんに発言できても、こと専門家としてとなると、無防備にはいかない」

インターネットの限界は明らかだ。ネット上には「じつはもっとも市場価値のあるコンテンツ(市販書籍のコンテンツ)が見事に欠落している」のだから。

ネット上のさまざまなテキストを読むことに、私たちは多くの時間をとられるようになった。本や新聞を読む時間は必然的に減ってしまう。本を読まなくなると文章を書かなくなるかいうとそんなことはなく、多くの人が、大量の携帯メールを毎日打っている。

だが、こういうことに時間をとられていたら、大学のレポートなんてネット上からのカット・アンド・ペースト以外、ありえない。図書館にいって調べる時間や動機なんて、どこからも生まれない。そして、いちばん大きな問題は、ネット上に図書館がないということだ。

すべての書籍をインターネット上で閲覧できるようになった時、インターネットの真価は発揮されると思う。今のところ、パソコンの前にすわり続けている限り、本当にほしいテキストに行き当たることは難しいし、責任の所在が不明な情報に行き当たることも多い。

ネット上には新しい情報のみが氾濫し、過去の資産に関しては本当に貧しい。携帯メールだけではコミュニケーションの真の喜びが得られないのと同様、ネット上ではオリジナルと出会う喜びが得られない。

早くインターネットで古今東西の書籍が読めるようになればいい。その困難については本書でも言及されているが、「未だヴィジョンにすぎない」という「デジタルライブラリー」が完成したら、その利用の仕方を系統立てて教えてくれる大学に、私も通ってみたい気がする。
2003-02-13

『ボウリング・フォー・コロンバイン』 マイケル・ムーア(監督) /


国家にもメディアにもこの映画にも洗脳されないために。

上映終了後に拍手が沸き起こった。映画祭などを除けば久々の体験だ。

1999年4月20日、コロンバイン高校の2人の生徒が図書室で銃を乱射。学生12人と教員1人の命を奪い、23人に重症を負わせた後、自殺した。2人はマリリン・マンソンに心酔し、事件当日の朝はボウリングをやっていた。

こんなアメリカに誰がした?…暴力的なテレビゲーム?アニメ?ハリウッド映画?…殺戮の歴史?貧困?不況?…家庭崩壊?マリリン・マンソン?ボウリング?

監督は、同級生や街の人々に話を聞き、事件の本質に迫ってゆく。絵にならない事件は報道できないという番組のプロデューサーや、銃社会を過激に擁護する全米ライフル協会の会長のもとに出向き、改善や謝罪を要求する。弾丸を無制限に売るKマートには被害者とともに乗り込み、具体的な成果をあげる。

米国がおこなってきた殺戮の歴史映像のバックに流れるのは、ルイ・アームストロングの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。このミスマッチな組合せが、実はちっともミスマッチでないことに唖然とする。殺戮の歴史は、米国にとって悲劇でも怒りでもギャグでもない。マジな日常の積み重ねなのだ。

タランティーノのポップな身軽さと、原一男の執拗さを兼ね備えたパワフルで説得力のある映画。現実に鋭く切り込みながら、プロパガンダ的な押し付けがましさがなく、リベラルな視点をもっている。そして私たちはメディアの責任を実感する。日々、視聴率と時間に追われるTV報道がいかに一面的であるか。もう少し足をのばせば、もう少し調べれば、もう少し人々の声に耳を傾ければ、圧倒的に広い視野が開けるのに。

こういう映画が大ヒットするアメリカには、まだ救いがある。だが、今までどうしてなかったのか、どうして他にないのかとも思う。この映画の視点だって、ある意味で個人的な偏見に過ぎないのだから。これ1本ではダメだ。

事件によりバッシングを受けたのは、ブッシュ大統領ではなくマリリン・マンソンだった。問題は銃そのものではなく、他人に対して感じる恐怖が原因なのだと彼は静かに語る。アメリカの文化は、人々を怖がらせることによって消費をかきたてる。国家とメディアが結託して洗脳の構造をつくっているのだ。

東京も、無関係ではないなと思った。日々の恐怖や孤独とどう闘っていくか?いかにして周囲にまどわされることなく強靭な精神力を保っていくか?

人は、安心のためにさまざまなものを買い、皆がいいというものをさらに買う。高額の保険に入り、セキュリティを強化し、それでもびくびくしながらすごす。やがて武器を所持し、所持しているだけでは安心できなくなる。武器や宝物を所持することで、ますますおびえ、家の鍵を増やさなくてはならない。

銃の所持率が高く失業率も高いカナダで、なぜ殺戮事件が少ないのか。
問題解決のためのヒントが、そこにある。

*2002年 カナダ
*カンヌ国際映画祭55周年記念特別賞受賞
*恵比寿ガーデンシネマ、札幌シアターキノで上映中
2003-02-04

『ボクが教えるほんとのイタリア』 アレッサンドロ・ジェレヴィーニ / 新潮社


KISSのしかた、ビデの使い方。

「ボウリング・フォー・コロンバイン」を見ようと思って恵比寿ガーデンプレイスに行ったが、終日満席とのこと。
アメリカが好きな人も、アメリカが嫌いな人も、マリリン・マンソンが好きな人も、皆この映画を見に行こうとしているのだから(推測)、当然かもしれない。

というわけで、今日はアメリカのことは忘れ、イタリアのことを考えることにした。

Elio’s Caffeで冷たい飲み物と冷たいデザートを食べた。とても美味しかったが、映画が見れなかったこともあり、その前にちょっとつらいことがあったこともあり、なんだか心も身体も冷たくなってしまった。だからホットワインを追加した。

ドゥマゴのホットワインより、オーバカナルのホットワインより、シチリア島で飲んだホットワインより、美味しい。
あー、来てよかった。何かがダメになってしまった場合、それ以上の体験を得るために、それはダメになったのではないかと信じることも人生の醍醐味のひとつである。たとえ、1杯のホットワインのためだったとしても・・・。

Elio’s Caffeのスタッフは楽しそうだ。イタリア語がとびかっている。こういう店でアルバイトしたら前向きな日々が過ごせそう。日本人ばかりなのにイタリア語で声をかけあう意味不明なリストランテも多いけれど、ここは、スタッフも客もイタリア人率が高い。「今日はワインがよく出たねー」とのこと。

本書には、巻末に「エスプレッソチェック」というのがついていて、スタバやドトールを含む東京の40店舗をカップ5つ満点で採点している。「5つカップ」の店は5店舗だけだが、そのひとつにElio’s Caffeも入っている。

著者は、日本人のOLが「ワインが好きなのでイタリア語の勉強を始めた」と言うのをきいて驚いたという。イタリア人は、酒好きということを人前であまり告白しないらしい。ワインは値段が安かったりすることもあり、お洒落なイメージではないのだ。「酒好きである」ことは人間の一種の弱点なのだと・・・。たしかに、「ワンカップ酒が好きで日本語の勉強を始めた」というイタリア人の女の子がいたら、びっくりするかもしれません。

こういうことが知りたかったんだ、という潜在的な好奇心をくすぐるイタリア文化ガイドだ。
たとえば、今まで誰にもきけなかった「イタリアのホテルに必ずあるビデ」の本当の使い方・使われ方。性別にかかわらず、好きなように使えばいいんだってことがわかり、世界が広がった。自由ってすばらしい。
それから、挨拶としてのKISSはどんな気持ちで、どんなふうにすればいいのかってこと。不快なKISSもあるのだとわかり、溜飲が下がる思いがした。つまり、不快と感じてもいいということなのだ。安心した。自由ってすばらしい。

フィレンツェやサルディーニャが舞台となっているのに悪趣味な好奇心をくすぐるだけの映画「ハンニバル」とは対照的な本である。
2003-01-28

『白夜(ニュープリント修復版)』 ルキーノ・ヴィスコンティ(監督) /


ミステリアスな男は、現実的な男よりカッコいいか?

1年後に戻ると約束した恋人を橋の上で待ち続けるナタリアと、そんな彼女に惹かれるマリオ(マルチェッロ・マストロヤンニ)。ドストエフスキー原作、3日間の物語だ。

運河の街を再現した幻想的なスタジオで繰り広げられるおとぎ話は、すべてが嘘っぽい。ナタリアとマリオの出会いからしてインチキくさいナンパだし。だが、「出会い方なんてどうだっていい」というマリオのセリフから、次第に映画はリアリティを獲得してゆく。セットのうそっぽさ、設定の不自然さ、男女の出会いの安直さに自らつっこみを入れ、乗り越えてしまうのだ。ヴィスコンティは言う。「この映画はリアリズムのある映画であり、しかし同時に、夢の中をさまようような可能性も残したかった」

ミニマムな制約の中での現実的なコミュニケーションが面白い。人はどのように他人に先入観を抱いたり、距離を縮めたり、理解しあったり、友達になったり、万が一には好きになっちゃったりするのか? 普通の女と娼婦を、男はどう区別するのか? ただすれちがうだけの他人とのコミュニケーションこそが大切なのだと、この映画は気付かせてくれる。日々すれちがう他人に対して無神経な人に、いい出会いなんてありえないのだ。これ、重要なことである。

おとぎ話度が最も強烈なのは、ナタリアと恋人の出会いと別れの回想シーン。彼女の話があまりに現実ばなれしていることから、マリオは「おとぎ話を信じるな。現実を見ろ」と言う。正論だ。だって彼女は、恋人の職業も知らないし、恋人が1年間、彼女を置いてどこかへ行かなければならない理由すらも聞いていないのだから。ナタリアが一目ぼれで恋に堕ちた理由は、彼がハンサムであるからという以外に思いつかない。そんな彼女にマリオは自らの願望をしのばせつつ「彼は戻らないよ。僕は男だからわかる」と言い切る。

3日目の夜になっても、恋人は橋の上に現れない。ナタリアは「1年間愛し続けた私を、彼はこんなふうに裏切ったんだわ」と強気のセリフを初めて口にし、マリオは狂喜乱舞。が、雪の中、夢みたいな夜を2人で過ごした後、彼女の恋人は現れる。そして、彼女はあっさりと彼の元へ舞い戻ってしまうのである。呆れてしまうようなこのエンディングは、今見ても斬新。

ミステリアスな男は有利である。映画を観ている私たちだって、ナタリアの恋人については、ほとんど何も知らないのだから。こんな男が1年後にちゃんと戻ってきたら、3日前に軽いナンパで出会った男が太刀打ちできるわけがない。マリオはといえば、下宿先で女主人に起こされる朝の風景から、橋の上の娼婦についていっちゃうシーンまで、スクリーン上で暴かれてしまっているのだから、もはやダメダメである。

しかし、言うまでもなく、マストロヤンニ演じるマリオは素晴らしい。「よくわからないけどかっこよさげな男」より、「すべてをさらけだしてあっさりふられちゃう男」のほうが、観客にとっては「いい男」に決まっているのだ。つまり、この映画は2つの意味でハッピーエンドである。ナタリアはわけのわからない恋人とうまくいった。そして、いい男が一人、まだスクリーン上に残っている。

娼婦(クララ・カラマイ)の存在感も忘れ難い。「私だって誰にも頼らないで生きてるんだよ」というセリフは目からうろこであった。ナタリアのような普通の女は男に頼って生き、橋の上の娼婦は男に頼らずに生きているのである。

*1957年 イタリア・フランス合作
*ヴェネツィア映画祭銀獅子賞受賞
*シネ・リーブル池袋で1月10日までモーニングショー上映中
2003-01-09