2020年文庫本ベスト10

●たてがみを捨てたライオンたち(白岩玄)集英社文庫

●ソルハ(帚木蓬生)集英社文庫

●宇宙でいちばんあかるい屋根(野中ともそ)光文社文庫

●浅田家!(中野量太)徳間文庫

●ユニクロ潜入一年(横田増生)文春文庫

●白の闇(ジョゼ・サラマーゴ/雨沢泰)河出文庫

●いのちの初夜(北條民雄)角川文庫

●THIS IS JAPAN  英国保育士が見た日本(ブレイディみかこ)新潮文庫

●表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬(若林正恭)文春文庫

●ひきこもりグルメ紀行(カレー沢薫)ちくま文庫



2020-12-31

2020年洋画ベスト10

●ジョジョ・ラビット(タイカ・ワイティティ)

●8月の終わり、9月の初め(オリヴィエ・アサイヤス)

●冷たい水(オリヴィエ・アサイヤス)

●夏時間の庭(オリヴィエ・アサイヤス)

●ダゲール街の人々(アニエス・ヴァルダ)

●5時から7時までのクレオ(アニエス・ヴァルダ)

●来る日も来る日も(パオロ・ヴィルズィ)

●天空のからだ(アリーチェ・ロルヴァケル)

●私の知らないわたしの素顔(サフィ・ネブー)

●パラサイト 半地下の家族(ポン・ジュノ)



2020-12-31

2020年単行本ベスト10

●推し、燃ゆ(宇佐見りん)河出書房新社

●破局(遠野遥)河出書房新社

●来世の記憶(藤野可織)KADOKAWA

●星に仄めかされて(多和田葉子)講談社

●オルタネート(加藤シゲアキ)新潮社

●丸の内魔法少女ミラクリーナ(村田沙耶香)KADOKAWA

●パリの砂漠、東京の蜃気楼(金原ひとみ)集英社

●木になった亜沙(今村夏子)文藝春秋

●雲を紡ぐ(伊吹有喜)文藝春秋

●デッドライン(千葉雅也)新潮社



2020-12-31

『推し、燃ゆ』 宇佐見りん

苦しみの終わりに、扉がありますように。





最近、いいなと思った書き出しが2つある。ひとつは、今年ノーベル文学賞を受賞した米国の詩人、ルイーズ・グリュックの詩「The Wild Iris(野生のアイリス)」の冒頭だ。声に出して読みたくなる英文に、久しぶりに出会ったような気がして震えた。

At the end of my suffering there was a door. (苦しみの終わりに 扉があった。)

米文学者の木村淳子さんが「私の好きな1編」として朝日新聞で紹介していた。彼女の詩は、簡潔な英語で書かれているけれど内容は深く、つらい体験をうたっていても、必ず光が見えるという。木村さんは2001年、この詩が収録された詩集をカナダの本屋で見つけ、手紙を出して本人の許可をとり、研究者仲間と編んでいた同人誌で12編の詩を紹介した。日本ではあまり知られていないこの詩人に、20年前から着目していた日本人がいたのである。

もうひとつは、今年『かか』で三島由紀夫賞を最年少受賞した宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』のタイトルと冒頭だ。

 推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。

「推し」という言葉を初めて聞いたのは2010年だったと思う。AKBファンの友人が「推しメン」(=推してるメンバー)という言葉を教えてくれた。当時、友人の推しメンは、ゆきりん、きたりえ、さっしーの3人だった。今はどうなんだろう? 一方「燃えた」はネット上で炎上したという意味だが、「燃ゆ」といえばNHK大河ドラマのタイトルだ。1984年は「山河燃ゆ」、2015年は「花燃ゆ」だった。NHK大河ドラマをちゃんと見たことはまだないが『推し、燃ゆ』がドラマ化されたら、ぜひ見てみたい。

アイドルを追いかけている女子高生、あかりの話だ。何かに夢中になるってそれだけで幸せだと思うけれど、アイドルを追いかけるだけでは生きていけない。学校や家族や他のあれこれについては破綻寸前で、あかりの場合は病名までついているらしく、社会的にはうまくいっていないということになる。

だけど、推しの「真幸くん」についてあかりが書くブログは素晴らしい。自分の周囲にいる魅力的な人がアイドルに夢中になっていると、つい「もったいない」などと思ってしまうが、彼ら彼女らが魅力的なのは、「推し」のおかげなのだとも思う。

終わり方もよかった。ハッピーエンドと呼ぶにはひ弱すぎるのだけど、何かを全力で求め、それを失ったときにだけ得られる希有な風景が描かれていた。何かを失うということは、そこに素晴らしいものがあったことのまぎれもない証拠なのだ。それを愛したことを認め、全力で生きた日々を認め、自分を認め、弔うことができたとき、別の時間が動きはじめるのだろう。

2020-12-30


『来る日も来る日も』 パオロ・ヴィルズィ (監督)

いつも一緒にいる人と過ごす。





東京iCDC専門家ボードが作成した「都民の皆様方へのお願い」の中に「いつもと違う年末・年始 5つの約束」というのがある。「いつも一緒にいる人と過ごす」は、その筆頭のお約束ごとだ。

今も毎日のように会社に通勤している人にとって、会社の同僚というのは「いつも一緒にいる人」なのだろう。一緒にランチに行ったり、ときどき飲みに行ったり、いろんなことを話したりするのだろう。いかにもそういう雰囲気の人たちを見かける。2人か3人か4人で男女ミックス。きっと、家族みたいな感じなんだろうなと思う。

だからRくんが、自分が所属するお店の人たちと、そんなふうに仲良くしているという話を聞いたとき、私はつい「お店の人は、家族みたいなものだもんね」と言ってしまったのだが、そうしたらRくんは「いや、家族とは全然ちがう」と即座に否定した。

そりゃそうだよね。「いつも一緒にいる会社の人」と「いつも一緒にいる家族」は、全然ちがうに決まってる。ただ、ふとしたきっかけで「いつも一緒にいる会社の人」と結婚すれば「いつも一緒にいる家族」になるだろうし、一緒に暮らし始めれば「いつも一緒にいる家族みたいな人」になるわけで、その可能性は少なくないのかも?「いつも一緒にいる人」は、他人との距離が求められる時代においては、それだけで特別な存在なのだから。

この映画は「いつも一緒にいる家族みたいな人」についての物語だ。彼がホテルの夜勤から帰ってくると、昼間の仕事をしている彼女は寝ているのだが、彼はそんな彼女のために毎朝「おめざ」をベッドに運ぶ。結婚はしていないが子どもが欲しくて不妊治療を始める2人は、最終的にどうなるのか?

穏やかな彼は、彼女が荒れている日も、こじらせている日も、いつだって精一杯のことをする。彼女にとっては悩みの種でしかない彼女の両親にも限りなく優しく接するし、彼女以上にエキセントリックな彼女の元カレにすら寛大に接するのだ。なんで一体そこまで?と思うが、理由は最後にわかる。彼は、彼女のことが大好きなのである。いや、そんなことは最初から明らかなのだが、恋愛において、出会い方というのは大事だなとつくづく思う。

古典文学を愛する不器用な彼氏を演じているのは、ルカ・マリネッリ。フランス映画ならヴァンサン・マケーニュが演じるような濃密なオタクキャラを、イタリアが誇る希代のイケメン俳優が演じているのだ。その愛おしい崩れぶりは、世界じゅうの女性たちを骨抜きにするだろう。

いつも一緒にいる2人は、すみずみまでわかりあう必要なんてない。いつも一緒にいられれば、来る日も来る日も幸せなのではないだろうか。彼にとっては「いつも一緒にいる人が幸せそうであること」が最大の幸せであり、彼女にとっては「いつも一緒にいる人が幸せそうな私を見て幸せそうであること」が最大の幸せなのである。

2020-12-29