タクシーは映画に似ている。乗った瞬間、ドライバーがコントロールする時空に放り込まれる。少しだけ自分も参加できるけど、ほとんど受け身。
ぜったい遅刻という状況のときは、電車よりタクシーがいい。もしかすると間に合うかもしれないから。目的地と希望到着時間を平然と告げれば、たいていは「無理です」と笑われるが、その瞬間からドライバーは共犯者。私はもう一人じゃないし、プロなら飛ばしてくれるはず。昨日のドライバーは素晴らしかった。安定した加速と小気味よいオーバーテイク。キミ・ライコネンとあなたを名付けよう。2分前に着く。ありえない。ありがとう。「流れていてよかったですね」と彼はさらっと言う。「日ごろの行いがいいんじゃないですか」と。自分の手柄を客に譲るなんてプロの鏡だわ。
昨日は、すべてがうまくまわった。今思うと彼はキューピッド?
「昼下がり、ローマの恋」の原題は「イタリア式恋愛マニュアル3」。3世代の恋愛が描かれるオムニバス形式で、タクシードライバーがキューピッド役として間をつなぐ。イタリアのイケメンアイドルといった感じの俳優で、メインストーリーには直接関係のない彼の存在が不思議な味わいを出している。常識を逆手にとり、逆転勝利につなげるための恋愛マニュアル。
1つめは、若き弁護士、ロベルトの恋。結婚前提につきあっているサラという恋人がいる彼は、農場の立ち退き交渉を命じられ、トスカーナの小さな村に出張するが、現地の美女と浮気してしまう。海に面したこの村の人々と美女の吸引力には逃れがたいものがあるが、サラもそれに輪をかけた魅力を最後に見せる。教訓:恋人が浮気していると思ったら、嫉妬心をむき出しににするのではなく、寂しいと言えばいいのだ。サラのようにふるまえば、彼はきっとあなたのとりこになる。
2つめは、妻子持ちの中年ニュースキャスター、ファビオの恋。相手はエキセントリックなストーカー女だ。こんな女に引っかかったら家庭も仕事も破滅だなと思わせるが、最後に彼があるものを川に投げ捨てるシーンと、病院で女に面会するシーンの美しさが、ありきたりの浮気物語を輝かせる。教訓:恋人を好きになり過ぎて嫌われてしまったとしても、たぶん大丈夫。いつからだって、人生はリスタートできる。
3つめは、7年前に心臓移植手術を受け、独り身になった60代の男、エイドリアンの恋。エイドリアンを演じるのはロバート・デ・ニーロで、恋の相手役を演じるのはモニカ・ヴェルッチ。いくつになっても真剣に恋愛することは素晴らしい、という以前に、いくつになっても真剣に仕事することは素晴らしい、と思わせてしまう超一流の二人である。イタリアの宝石と形容されるモニカ・ヴェルッチの美しさは、永遠に衰えを見せそうにない。教訓:歳をとることは恐いことではない。守るべきものが増えたり、やってはいけないことが増えると思われがちだが、おそらくそんなことはない。プロフェッションを武器に、ますます自由に生きればいいのだ。
今日のタクシードライバー。
「急ぎめでお願いします」と言ったら「目がまわらないように気をつけて」だって。もしかしておやじギャグ? ロバート・デ・ニーロに似ていなくもない初老の男で「僕は速いから」と自信たっぷりである。「昨日の人も速かった」と言ったら無視されたけど、降りるとき「僕のほうが速かったでしょ?」
ロバート・デ・ニーロの出世作「タクシードライバー」を見直してみようと思った。
2012-03-22