デジタルとリアルの境界がなくなっている。いや、そんなはずはない。ひとつのイベントの中で、どちらかを選べるようになってきただけの話だ。来週のあの予定はどっちだっけ?と混乱することが、そろそろ増えてきた。
つまり世界は、デジタルとリアルに2分されたのではなく、2倍になった。つくり手側としては、忙しさが倍増したというわけだ。なんてこった!
東京都写真美術館で見たエキソニモの「UN-DEAD-LINK 2020」という作品は、スマホとグランドピアノで構成されていた。スマホ上の3Dシューティングゲーム内でキャラクターが死ぬと、自動演奏のグランドピアノが鳴る。この作品のおかげで、会場全体にグランドピアノの音が絶えず響きわたっていた。デジタルの死が、現実の死の音としてドラマチックに増幅されるのだ。
9月25日「渋谷慶一郎、初の無観客ピアノソロコンサート」を有料ライブ配信で視聴した。演奏場所はお茶の水のRittor Base。グランドピアノ(ベーゼンドルファー)の音は、何を増幅させたものだったんだろう? ほかにシンセサイザー(moog one)とエレクトリックピアノ(Waldorf Zarenbourg)という3台に囲まれたほの暗い空間に、演奏者がひとり。トークもないし、歌もないし、愛想笑いも、明るさもない。
映画『ミッドナイトスワン』の公開日だった。1週間でつくったという同映画のサウンドトラックのほか『告白』のサウンドトラック(バッハのピアノコンチェルト5番&ヘンデルのオンブラ・マイ・フ)なども演奏された。
このしずかさは何? 世界から耳を塞ぎたいときも、聴いていたくなるような繊細さだ。
エンドクレジットには、たくさんの名前が並んだ。サウンド関係のほか、ライティング、カメラ、ヘアメイク……。ライブで一度見たらもういいだろうと見る前は思っていたけれど、10月3日まで再生できるということで、別れを惜しむように何度も視聴してしまっている。
映画もサントラCDも大人気のようだ。とりわけCDジャケット写真の熱量はすごい。古いピアノの鍵盤に痛々しくつま先立ちする、赤いペティギュアの足。中国のファッションフォトグラファー「リン・チーペン a.k.a.No.223」の過去作品だ。No.223というのは『恋する惑星』で金城武が演じていた警官223号のこと。どちらかといえば、このフォトグラファーの風貌は、警官663号(トニー・レオン)のほうに近いと思うのだけど。
渋谷慶一郎のコメントにも、熱がこもっている。
「僕はコロナ禍に突入してから急増したオンラインによるライブ配信を一切やらなかった。特に承認欲求の延長のような中途半端な配信には一番興味が持てず、逆に今までやってきたピアノソロのコンサートのクオリティを維持、更新しつつ新しい試みが出来る機会を待っていた」
「マスタリングを終えた音源をいつものようにRittor Baseの國崎さんに送ると、即レスでこのアルバムのライブ配信をウチでやらないかという提案が戻ってきた。この誘いには乗ったほうがいいと直感的に思った。ここなら僕が今までピアノソロのコンサートでやってきた最高音質の追求と配信にカスタマイズされたバーチャルな音場、音響の生成のミックスが可能になる」
「僕たちは無限に無数に離れているけど耳と目だけで繋がっている。グレン・グールドが見た夢の続きを見ることができるかもしれない」