『アンソーシャル  ディスタンス』金原ひとみ / 『新潮』6月号





声が小さい人の、不謹慎な苦しみ。




緊急事態宣言が出される直前の東京における、大学生カップルの話だ。
「何か共通の使命を持つ生命体の最小ユニットのよう」な彼女と彼は、「弱々しすぎて、お互いに心配し合って、支え合っている」。
だけど、もともと神経質だった彼の母親は、コロナのせいでヒステリックになっていて、大事な息子が、メンヘラな彼女に振り回されることを快く思っていない。

息子を「正しい方向」に育てあげた神経質な母親!
無難な彼を「正しくない方向」へそそのかすメンヘラな彼女!
2人の女性に支配された男は、その2人をきっちり幸せにすることで自分も幸せになり、世界を幸せにすることもできるんだよ、というのが世の摂理だが、彼にはまだ、そこまでの理解も自覚もない。

ただし客観的に見れば、彼は十分によくやっている。母親を傷つけることはしないし、彼女のことは素直に幸せにしたいと思っているのだから。
投げやりな彼女のカマカケに応答する彼の真面目さはステキだし、そんな彼を物足りなく思う彼女の残酷さもステキだ。痴話ゲンカもここまでくれば上等で、しまいには、彼女はこんなことを言う。
「何があっても死ぬことなんか考えないようなガサツで図太いコロナみたいな奴になって、ワクチンで絶滅させられたい。人々に恨まれて人類の知恵と努力によって淘汰されたい」。

言ってることのバカらしさを、やってることのバカらしさでエスカレートさせていくハッピーな2人。まるごとの大切な何かを力ずくで思い出させてくれる、アクチュアルなブラックコメディだ。こういう日常をテロというのかな。たわいない想像力が、ずばぬけて輝いている。

金原ひとみはこの小説について、インタビューでこう語っている。
「私は声が小さい人の側にいたいし、自分自身もそうだと感じています」
「不謹慎と思われるかもしれませんが、この苦しみは言葉にする意味のあるものだと思いました」

世の中に甘美な希望のようなものがあるとしたら、それはたぶん、声の小ささや、不謹慎さや、ナイーブな苦しみの方向にあるのだろう。

2020-5-28