『アミービック』 金原ひとみ / 集英社

六本木ヒルズは醜悪か?


仕事場に向かう路地の正面に、派手なビルが見える。その形は意外と知られていないようで、「あれは何?」とこの2年間、何度も聞かれた。「六本木ヒルズの森タワー」と答えると、その後の反応は2通りだ。
a「そうなんだ!」(やや肯定的)
b「そうなのー」(やや否定的)

根津美術館から見えるその建物を「醜悪だ」と評する人もいる。芝浦で仕事をしているクレバーな幼なじみに「六本木ヒルズってどう思う?」と聞いてみたら「ごめん、行ったことない」とあっさり言われてしまった。「六本木ヒルズだけじゃなくて、汐留も丸の内もお台場も…」と。私だって仕事上の必要がなければ行かないかもしれないな。私はたまたまドメスティックな仕事をしており、彼女はグローバルな仕事をしている。その違いだ。

六本木ヒルズという場所にリアリティを与えてくれた、金原ひとみのアミービックな感覚には、そんなわけで、とても共感する。

「さっきタクシーを降りた時に目に入り、気になっていたコートを、やっぱりもう一度ちゃんと見てみようと思いながらヴィトンに向かった。黒いベルベットのコートを羽織り、腰元のベルトを締めると、それはぴちりと私の体にフィットした。じゃあこれを。何故だろう。何故買ってしまったのだろう。これで、今年に入って六枚目だ」

無感動にお金を落とせる場所。それが、六本木ヒルズの美しい定義かもしれない。「アミービック」は「私」が六本木ヒルズに足を向けてしまう理由をめぐる物語だ。「パティシエ」という言葉が冗談のように連発され、私たちを暴力的に取り巻く「おいしいお菓子」にまつわる定義を一蹴してくれる。「幸せな女はお菓子をつくる」というのはウソだし、「愛をこめてつくるお菓子はおいしい」というのもウソだし、「女はお菓子が好き」というのも大ウソなのだ。

「どうして私は始めてのお菓子作りでこんなにも完璧な代物を作り上げる事が出来るのだろう。何故私には出来ない事がないのだろう。何故私は嫌いな物に関しても天才なのだろう。もしかしたら私に出来ない事などないのではないだろうか。しかしそれにしても全く見ていると吐き気がする。全く、こんなもの世界上に存在すべきではない」


美しさとは、過激である。飲み物と漬け物とサプリメントで生きる「私」は、過激に美しい。それは、気にくわないものを徹底的に拒否する、過剰な全能感によって達成される。言い換えれば、ストレスをまともに感じることすらできず、不都合なことはすべて記憶から無意識に抹消されるほどの病的さだ。

こんなにも不健康で美しくてパーフェクトな女が、どこから生まれるのかといえば、無神経に二股かけるような冴えない普通の男から生まれる。女の過激さは、男の鈍感さの産物であり、女は鈍感な男とつきあうだけで、どんどん美しくなれたりするのである。すごい真理。すごい集中力。ありえない勘違い!

女がどれほどヤバイ状態になったら、男は気付くのだろうか?
2005-10-03